97 / 180

第十二章 約束⑥

 緩やかに空を横切る潮風に身を委ねるように、地平線を覆う波が、ざあ、ざあ、と、穏やかに行ったり来たりを繰り返している。祈は、ときおり海水が足元まで押し寄せてくる砂浜を歩きながら、その短い首を捻って、顔を上に動かした。  ――視線の先には、母親がいた。祈は、母親と手を繋いで、海沿いをゆっくりと、静かに、歩いていた。ふたりだけの時間だ、と祈は心の中で、こっそりうれしく思った。 「ねぇ、おかあさん。ここがおかあさんが昔すんでたところなの?」 「そうよ」と、母親は答えた。「お母さんはね、この海街で生まれて、育ったの」  祈は海側へと目線を動かした。透き通った美しい青が、祈の視界のどこまでもを、埋め尽くしていた。地平線を照らす太陽光で、水面がきらきらと光って、海全体が、まるで宝石みたいだった。 「うみ、きれいだね!」 「でしょう? せっかくだから祈にも見せてあげたかったの。今日は祈のお誕生日だからね」 「うん!」祈は笑ってうなずいた。  この日――祈は五歳になった。母親と過ごす、五回目の誕生日だった。

ともだちにシェアしよう!