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第十二章 約束⑧
母親の歩みが止まった。手を繋いでいた祈も止まった。海を眺めていた彼女が振り返って、今度は祈の丸い瞳をじっと見た。彼女の碧眼が、柔らかく、優しく、そしてゆっくりと――微笑んだ。
「……ねぇ、祈、約束しようか」
「やくそく?」
「うん。祈が二十歳になったら、またこの海に来て、お母さんといっしょに写真撮るって」
祈は心がぱあっと嬉しくなった。おもわずパタパタと手足を動かし、その場でちいさく飛び跳ねた。
「っ、うん! する! やくそく!」
母親が腰を屈めて、小指を立てた拳を差し出す。祈はきょとん、と首を傾げた。すると、彼女はゆっくりと告げた。
「……祈、覚えておいて。大切な人と約束するときはね、こうやって小指と小指を繋ぐのよ」
そう言って、母親はもう片方の手で、祈の小指を優しく握ると、自分の小指と絡めた。
「でね、こうやって小指同士で手を繋いだら、こう歌うの」母親は、軽くリズムにのせて、歌った。「指切りげんまん。嘘ついたら、針千本飲ます」
「ゆびきりげんまん……うそ、ついたら、はりせんぼん、のます?」
「そうそう! 祈、すごく上手よ。じゃあお母さんといっしょに唄おうか」
「うん!」
「「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます!」」
指切った――という母親の最後の台詞と同時に、彼女の小指がまるで何かに攫われるように、幼い祈の指から唐突に離れていった――
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