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第十三章 八月三十一日⑥

 ――記者会見で、初めて世間の前に立った日のことを、思い出す。  作家として、史上最年少で芥川賞を受賞した。世間にもてはやされ、過剰に持ち上げられた。仕事のオファーは、やまなかった。書けば書くほど、本は、売れていった。全国に、ヨルのファンはたくさんいた。  しかし、原稿用紙に向き合いながら、祈は、どんどんと自分の心が孤独と虚無感に覆われていくのを、感じていた。  その違和感から逃れたくて、施設を出た。無事、ひとりで平穏に生きていける環境を手に入れた。また、執筆に没頭した。しかし、頭の中では、いつも、鳴り止まなかった。身を引きちぎられるほどの、苦しい喪失と、孤独への叫びが。  なぜなら――十九歳の祈が、心から、ほしくてほしくてたまらなかったのは、賛美でも、名誉でも、金でも、環境でもなかったからだ。たった一つ。彼が唯一の家族である母親を亡くした瞬間に失ってしまった、人との繋がりだったからだ。  ――それが、今、ある。確かに、この手の中に。そして、それを与えてくれたのは、間違いなく、今、目の前にいる、たった十歳の、少年なのだ。 「っ、ありが……とう……」  掠れた声で、そう言った青年の頭を、碧志がよしよしと撫でてくれた。

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