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第十三章 八月三十一日⑤

 人は、弱い。とても、弱い。脆く、儚く、ほうっておけば、砂でできた城のように、たちまち崩れて、あるべき形を成さなくなってしまう。  祈は、自分の城を、これまでたったひとりで、必死に守ってきた。それはふとした瞬間――少しでも風向きが変わると、今にも崩れかけ、跡形もなく消えてしまいそうになるほどに、とても、脆く、儚いものだった。そのたびに恐怖で泣き出したいのを堪えて、息をするのも苦しいほどに孤独な世界に飲み込まれながら、死に物狂いで、今日まで、生き抜いてきた。  施設を出てからの、四年間。孤独だった祈の中に、何度も浮かんだものがあった。それを、浮かび上がったと思えば、消し、浮かんでは、消し――そんな風に、何度も、何度も、繰り返し、丁寧に、丁寧に、打ち消してきた。ふとしたときに、それを、頭の片隅で思い出しては、その存在そのものをなかったことにしようと、自らが見えない奥底へと押し留めていた。しかし、どれだけ取り除こうとしても、その心から、けっして消えることのなかった、彼のたったひとつの、願いが――そこにはあった。  ――誰かと、生きたい。誰かと、繋がりたい。  それが今、彼の手の中には、あった。彼がこの世に誕生した瞬間を、心から祝ってくれる家族が、気付けば、こうして、たくさん、いた。あふれんばかりの温かいメッセージと、そこに込められた、まぎれもない『愛』という存在。たった一枚の色紙は、その見た目以上に、優しい重みがあった。色紙を持つ祈の手は、震えていた。

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