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第十三章 八月三十一日⑩

 碧志が今にも泣きそうなつぶやきを漏らす。「……っ、イノリ」 「つーかお前、ちょっと騒ぎすぎなんだよ。ただ明日から学校始まるだけだろうが」 「だって!」と、碧志はまた、祈の胸にぎゅっとしがみつく。 「いままでは! 一日ずっといっしょだったけど……でも、明日からは、学校があるから……放課後しか会えなくなっちゃうんだもん」 「土日があるだろ」 「それだけじゃ足りないっ」 「俺はそれぐらいでちょうどいい」 「えぇっ!? うそ!」  祈は破顔した。プール以降、ときおり見せるようになった――彼の心からの幸せな笑みだった。 「学校、楽しんでこいよ」 「……うん」 「授業、サボらねぇで真面目に受けろよ」 「うん」 「給食、残さず食べろよ」 「うん」 「んで、宿題は、ためるな」 「……」 「おい」 「っ、僕がんばるよ。宿題、がんばる! だって宿題ちゃんとやらないと、イノリと遊べる時間がへっちゃうから」 「よし、その意気だ」 「イノリ、もし算数わかんなかったら、おしえてくれる?」 「……無理」 「えっ」 「俺、小学校ほとんど通ってねぇから」  ほんとに? と、碧志が目を丸くする。あぁ、と祈は頷く。 「国語以外は、無理だな。未だに約分とかよく分かんねぇし」 「えー!? イノリって、ほんとうにおバカだったんだね!」 「ほんとうにとか言うな」  祈は碧志の額にデコピンをかました。碧志は大げさに痛がるふりをし、二人はまた笑った。

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