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第十三章 八月三十一日⑯

 混乱する脳で――祈は必死に考えていた。この一ヶ月を、思い出していた。走馬灯のように過去の記憶が駆け巡る。そして、散らばっていたはずの何枚ものパズルのピースが、するするとあるべき場所へはまっていくように――思考が、あるひとつの終着点に到達していく。 『一階に新しい人はいったからね。確か……八月入ってすぐのタイミングだったかな?』  ――少し前に、老爺が放った、なんでもない台詞。 『いつから、あとつけられてる感覚あった?』 『えっと、たぶん、一昨日、ぐらいから、なんとなく……』  ――碧志のストーカーが判明したときの、彼とのやりとり。  ――祭り会場に行くときに感じた、背後からの不穏な気配。そして―― 『――気のせいだろうか。今、誰かに見られているような気がした』  プールでの、まるで自分を刺すような、鋭く、痛い視線。  ――全て、全て、見落としていた。何故、これらの要素を、凶兆を、不穏を、並べて集めて、ことをしなかったのか。己の無能さに、ぎり、と祈は唇を噛み締めた。 「っ、碧志のあとをつけてたのは……っ、お前か!」  ――なんで気が付かなかった。何故見抜けなかった。夏祭りのときのあの誘拐未遂とは、まったくの別人だったのか。 「……そうだ。一ヶ月前、コンビニでたまたまお前を見つけてから……ずっと、お前を監視してた」  祈は、ごくりと唾を呑んだ。あのとき、目が合ったのは、。しかも暗闇だ。気付くはずもない。けれど、こいつは俺を俺だと見抜いた。反対に、自分はまったく気が付けなかった。 「ずっと……ずっと待っていたんだ。俺は、この機会を――ッ」  喉の奥からせり上がるように、憎しみを込めた震える声で福本が叫んだ。そして―― 「お前を殺す瞬間をな!!!」  ――掲げていた包丁を、大きく振り上げた。

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