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第十四章 監視①
ついにこの瞬間が来たのだ――と、福本康晴 は思った。
作家としてデビューしたのは三十歳。学生時代から小説を書くのが好きで、社会人になっても趣味でひっそりと、物語を書き留めていた。サラリーマンとして仕事をこなす毎日に慣れてゆくと、今度は出版社に原稿を送ったり、コンテストに応募したりした。福本にとって、作家として活躍するのは、幼い頃からの、変わらぬ夢だった。内気な福本は、小学生のときから休み時間や放課後は、図書室で本を読んで過ごしていた。友達ができないこと、他人とうまく関われないことに対して少なからず劣等感を抱いていた福本に対して、本は、自由に、無限に、福本をこの世の色んな場所に連れていってくれた。気付けば本が大好きになっていた。
けれどそんな福本に対して、彼の母親はあまりいい顔をしなかった。彼女にとって、スポーツや勉強が秀でていること、友達が多いことがなにより素晴らしく、存在意義のある息子である証だった。福本が図書室で借りていた本はいつの間にか彼の部屋からなくなり、放課後は塾に行くことを強制させられた。福本は勉強もあまり得意ではなかった。飲み込みが遅く、他の生徒より鈍重だった。塾でも当然講義についていけずに、塾からの帰り道、こっそりと貯めたお小遣いで買った、分厚い本――世界的ベストセラーにもなった魔法使いのファンタジー小説だ――を抱えながら、しくしくと泣いて帰った。
父は、あまり家庭に興味のない人だった。普通のサラリーマンだったが、土日もなにかと家を空けることが多く、福本は学校のない休日が苦痛だった。母は、家に父がいるときはおしとやかで父を立てる良妻。けれど父がいないと、途端に変貌する。のろまな福本に対してちくちくと一日中遠回しに嫌味を言ったり、塾で出された宿題が解けずに、彼が途方に暮れていると、福本の頬を叩き、無理やり鉛筆を握らせた。福本がひとりっこだったというのも、彼にとっては逃げ場がなく、余計にそのストレスを増大させる要因の一つであった。
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