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第十四章 監視⑦

 仕事も辞め、青年の動向を追うようになった。福本が住み始めてすぐのころから、子供の溌溂とした声が下の階に住む福本の耳に届くようになった。どうやら、少年らしき人物が彼の家に毎日足を運んでいるようだった。そのうちに、青年と仲の良いその少年のあとをつけていくようになった。何か、青年の弱みに繋がるような――そんな淡い期待を抱いたが、結局、その子供が施設暮らしであることしか分からなかった。三日ほど尾行して、それ以来、少年のあとを追うのはやめてしまった。  青年は少年といろんな場所に出かけるようになった。夏祭り、プール、スマホショップ。少年と一緒にいるときの青年は、とても穏やかな表情をしていた。記者会見で目が合ったときの冷めた青い瞳とは別人のようだった。  早く、青年を殺さなければ――福本は、強大な何かにじりじりと追い詰められるように――そのことばかりを、考えるようになった。青年の首を絞めて、絞めて、絞めて――そうして最後、ぴくりとも動かなくなった冷たい青年の身体に触れて、安堵する。はたまた――青年の細い体を、ぐちゃぐちゃに、血まみれになるまで刃物で突き刺して――息絶えた青年の姿に、安堵する。俺は、そこでようやく、安堵できる。  あるときから、そんな、青年の死と対峙して自分が安堵する映像が、福本の頭からこびりついて離れなくなった。青年が幸せそうであればあるほど、その願望は膨れ上がっていった。  早く、早く、彼を殺さなければ――彼を、殺して――俺は、今度こそ自由になるのだ――福本は、自らの首を押さえた。もうずっと、母の肉片を見たあの日から、息苦しくて息苦しくてたまらない。四六時中どんなときでも、あの血まみれの肉片と、青い瞳が――俺を、どこまでも追い詰める――監視、罵倒、嘲笑、罵倒、罵倒、絶叫、監視――冷ややかな青い目。正気を失った母親の血走った瞳。苦しい。視界が揺らぐ。覆いつくす、視界いっぱいに、自分を監視する目が。あぁ――早く、早く、早く、青年を、殺すんだ。殺さなければならないんだ。それが俺のやるべきことであり、使命なんだ。青年を殺しさえすれば、俺はこの地獄のような苦しみから解放されるんだ――だから、早く、青年を、殺すんだ――今すぐにでも。

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