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第十六章 碧色の涙⑤

 ――あの日は、寝起きから、気分も体調もよくなかった。自分の全身を背後から覆い尽くすように、虚無と絶望が交互に押し寄せ、黒い声が祈の脳内に呼びかけてきた。次第に息苦しくなり、視界が暗くなっていった。何をどうあがいても――まるで死神が、頭の中で延々と囁き続けるように――祈を急き立て、責め立て、目の前の景色が、嘘か(まこと)か、事実か虚構か、認識できなくなった。冬でもないのに寒気がこみあげ、ぶるぶると震えが止まらず、いてもたってもいられなくなり、財布片手に部屋を飛び出した。そして、使を片っ端から買い揃え、家に戻り、外階段を上がっていったとき――視界に、捉えた。扉の前で、部屋の主の帰りを待つ、一匹の黒猫の姿を。  その瞬間、ぷつん、と何かが切れ、祈は膝から崩れ落ちた。買ってきた自殺用の道具たちが、がしゃん、と、鈍い音を立てて、外廊下の床にごろごろと散らばった。アオは自分の姿を認めると、力なく項垂れる自分に近づき、祈の目の前に、そっと、置物のように座った。  その後、なんとか正気を取り戻し、祈は自分の部屋に戻った。しかしアオは、なかなか自分のそばから離れようとしなかった。普段、あまり自ら懐いてくるような仕草を見せないアオが、その日は、祈の膝の上に乗り、頑として、そこから離れようとはしなかった。まるで、自分がここにいる間はお前が勝手な行動をするのは許さん、と言わんばかりに。それから一ヶ月ほど、あれだけ気まぐれだったアオは、毎日毎日、祈の家にやってきた。

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