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第十六章 碧色の涙⑦

 ――碧志。  今日、ごねる彼を、宥めて帰して正解だったと――心底思う。まあ、逆に彼はきっと帰らなきゃよかったとあとになって散々、喚くだろうが。そんなことは、どうでもいい。全身から大量の汗が噴き出す。祈の口から呻きが漏れる。 「っ、あお、し……」  ぐっと、痛みに耐えるように目を瞑る。彼の理屈っぽいところや、後先考えない我儘な言動、とんでもなく生意気でときどき大人ぶった性格が、心底嫌いだった。苛々させられた。何故子供なんぞが自分に懐くのか、意味が分からなかった。 『……今度からは、親と一緒に来ればいい。強請れば、一冊ぐらい買ってもらえるだろ』 『――僕、親、いないよ』  初めて出会ったときに交わした、あの会話。親がいないと言ったときの、彼の表情。親がいる前提で話を進めた祈を不快に思っただろう。そもそも祈にも親がいない。しかし世の中の大半の子供は、親は健在であり、一緒に暮らしているのが、であろう。  祈の目に『彼』は普通の子供に見えた。だからああ言った。しかし現実は違った。彼には親がいなかった。両親二人ともが、死んでいた。大切な家族を失った過程は――七歳の少年の人生を絶望させるには十分だった。

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