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第十六章 碧色の涙⑨

 銃のグリップを握る手に再度、力を込める。息を吸い、そして、吐く。吐ききると、銃口を、自分のこめかみに突き立てた。 「ははっ……」  思わず、笑ってしまう。まさかこんな形で――人生を、自分の命の終末を迎えるなんて。この自分が、死に際に、誰かのことを考えるなんて――  ――碧志。  彼のふくれっ面、泣き顔、満面の笑み、びっくりしたときの表情――心が、熱い。苦しいほどに、愛おしい。祈は、ガタガタと震える左手で、自分の胸を押さえた。涙が、また、溢れる。愛情を象ったその透明な液体は、祈の輪郭を伝って、今もなお、腹から滾々と溢れ続ける赤い血と、とろりと、混ざり合った。   碧志――  お前に出会っていなかったら、一体俺はどんな最後を迎えていたんだろうな。母親と同じように、首を吊って、ひとり、暗い和室で息絶えていたのかもしれない。もしかしたら、二十歳になっても結局は自死する覚悟が持てずに、またずるずると、退屈で憂鬱な生を引き延ばしていたのかもしれない。  いや、例え、どんな人生になろうと――  きっと、お前と出会っていない自分は、誰かを愛することを知っている人間ではないはずだ。  そして――最後の最後まで孤独だったはずだ。  あぁ――最期に、ちゃんと、彼に伝えられてよかった。たった五文字の――自分がなにより、彼に対して抱いていて、ずっと言いたかった言葉を。 『――愛してる』  祈の碧眼から、涙が、一筋、流れる。その透明な美しい液体は、まるで宝石のように、彼の白い頬を伝いながら、きらりと――光った。  祈は、口元に微笑みを浮かべ、ゆっくりとその瞼を下ろす。そして、己に残された最後の力を振り絞って――引き金を弾いた。

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