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第十七章 静と死②
彼は、途方に暮れた。今までは、自分の勝手知ったる土地で過ごしていた。自分のテリトリーだったからこそ、自由気ままに暮らしていけた。だから、彼にとって、無残に捨てられたこの見知らぬ土地は、まさに異国そのもの。情報交換できる仲間もいなければ、どの人間が自分を可愛がってくれるのか、また一から、全てを調べ、探し直さなければならない。おまけに、男に首をきつく掴まれたせいで、呼吸するたびに息が苦しく、長い時間歩き回ることができなくなった。体力も落ち、身体もどんどん細くなっていった。
その日の前日は、ひどい雨だった。雨宿りできる場所までたどり着こうと、必死に足を動かしたが、体力が持たず、知らない敷地のすみっこで、力尽きて、倒れ込んだ。
翌日、太陽がかんかんと照りつける中、頭上から、声がした。
「あ」
自分と同じ、青い瞳と、目が合った。若い男のようだった。まだ大人とも言えない、どこか幼さやあどけなさが、男の小さく整った顔には残っていた。
男は、彼の身体を小さなダンボールにそっと入れると、病院に連れて行った。
病院で手当てを受けた後、男は、自分の家で、しばらくの間、彼の面倒を看てくれた。男は、動物に慣れていないのか、不器用な手つきで、彼の身体を労るように撫でた。不思議だったのは、男が自分を撫でている間だけは、なぜかあれだけつらかった呼吸が、まったく苦しくなかったことだ。
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