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第十八章 罪人④
刑務所での九年間は、地獄のような日々だった。衣食住は保障されているし、刑務作業に従事する以外の時間は、それなりに自由も与えられている。しかしそれでも、福本にとって、刑務所での生活は窮屈そのものだった。
独房でひとりきり、あてもなく過ごしていると、どんどん息が苦しくなる。また、追いかけてくる。血まみれの肉片と、冷ややかな青い瞳が――
おかしい。母も青年も、とっくのとうに死んだはずなのに――それでも何故、未だに自分を追いかけまわすのだろう。福本は、漠然と、恐ろしくなった。もしかして俺は、一生この監視から逃れられないのだろうか――?
小説を書いてみようかと、ノートを手に取ることもあった。が、しょせんは牢屋の中だ。どうあがいても暗い話しか思いつかない。無理やり明るいストーリーを書こうとしても、手が止まる。福本は、すぐに書くのをやめてしまった。
九年――九年という時間を、我慢すればまた自分は自由に生きていける。それまでの辛抱だ。なんとか、耐えるんだ。そうしたら、自由になったあかつきに――今度こそ、小説を書こう。自分が愛してやまない、美しいハッピーエンドの物語を。大衆がうっとりするような、眩しいストーリーを。そんなふうに、毎日毎日、遠い未来への希望を馳せながら、なんとか生き延びた。
そして九年の服役を終え、そこから一年弱の月日が流れた。
――迎えた今日。福本のもとに、ある出版社から連絡が来た。あの事件を通じての、自らの服役時代の出来事やその後の生活について――そのような貴重な体験をエッセイとしてまとめ、出版してみないか――そんな誘いだった。福本は驚き、そして飛び上がって喜んだ。自分は、やっぱり世間に求められているのだと。自分こそが、注目を浴びるべき人間なのだと。小説ではなくエッセイだったが、それでも福本はまったく構わなかった。エッセイが売れれば、小説のオファーだってくるかもしれない。福本にとって、自分という人間の存在価値が認められれば、延々と膨らみ続ける自己顕示欲をしっかりと満たしてくれるものであれば――文字通り、なんでもよかった。
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