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第十八章 罪人⑥

「んあ?」  ソファに寝そべっていた身体を、もぞもぞと起こした。こんな深夜に――一体だれだろう? あぁ、そうか。わかったぞ。父が帰ってきたんだ。あの淡泊な父親でも、たとえ離婚してから何十年も離れて暮らしていようとも、やっぱり息子のことが心配でわざわざ家に遊びに来てくれたんだ――父に報告しないとな。出版社からオファーが来たんだって。  福本は千鳥足で玄関に向かい、ドアスコープも確認せず、勢いよく、扉を開いた。 「こんばんは」  知らない男の声だった。フードに顔を隠され、その表情ははっきりと確認できないが――その目は、いつか交わしたあの青い瞳のように、闇の中でも鋭く光っていた。 「あぁ、こんばん――」  言い終える前に、福本は、倒れていた。何が起きたのか、まったく分からない。熱い。苦しい。あぁ、息が――息が、うまく、できない。胸が――焼けるように、熱い。視界がぐらりと沸騰したようにぼやけていく。おもわず、胸に手を当てる。見ると、血がべっとりとついている。福本がぎょっと、その目を見開く。なんだ、なにが起きたんだ――いったい。  息が――ヒッ、ヒッ、と引き攣るような、情けない声しか、出ない。なんだ。いったい、何が起きてるんだ――息が、どんどん、できなくなる。吸えない。苦しい。苦しい。助けて、だれか――たすけて。  霞む視界の中――男と、視線が交わった。先ほどと全く変わらない、氷のように冷え切った瞳が自分を見下ろしていた。  ――それが、福本が見た最後の景色だった。

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