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第十九章 青の時間①
『青』を盗もうと思ったのは、ほんの気まぐれだった。
十年前の八月。夏休みに入り、暇を持て余していた少年――碧志は、その日、昼過ぎに施設を出て、街をぶらぶらと探索していた。そして、ふと目に留まった本屋に入った。
――古びた書店だった。天井からはオンボロの扇風機が吊り下げられ、ガランガランと小煩い音を立てながら、店内にせめてもの風を送っていた。碧志は本に興味がなかった。だから、なんとなく店の中を一周して、そのまま本屋を出ようとし――たところで、碧志の足が止まった。
『青』と表紙に大きく印字された本だった。
その本は、どうやらかなりの話題作のようで、店員の手書きのPOPで大々的に宣伝されており、子供の碧志にも、この本が売れ筋だということがよく分かった。『青』――自分の名前と同じだな、と碧志はぼんやりと思った。碧志の名付け親は母だった。彼女はとある金髪碧眼のハリウッド俳優の熱烈なファンだった。だから子供の名前に『碧』という文字を使った――という話を、幼い頃によく聞かされた。そのたびに、碧志は子供ながらに、そんな単純な考えで名前をつけてしまうのは親としてどうなのだろう、と、密かに疑問だった。だから、自分の名前を気に入っていなかった。名付けの由来を知って以来、親の浅はかさがどうしても透けて見えてしまった。けれど、今は違う。今でこそ、この名前は気に入っている。この名前があったおかげで、碧志は祈という青年と出会うことができたのだから。
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