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第十九章 青の時間②
店頭に大量に並べられた『青』を眺めていると――碧志の中にもくもくと黒い苛立ちが押し寄せてきた。本の帯や壁に貼られた宣伝ポスターを見れば、『青』は当時十三歳だったとある作家のデビュー作で、かつ芥川賞受賞作――しかも史上最年少で――ということが分かった。芥川賞がどういう賞なのか、その実を幼い碧志は知らない。けれど、名誉のあるすごい賞なのは、なんとなく、分かる。
十三歳――自分と大して変わらない、ほんの少し年上の誰かは、こんなふうに、若くして鮮やかに名誉と栄光を獲得しているのだと思うと、苛立ちが抑えきれなくなった。きっと、きらびやかに着飾って、たくさんインタビューに答えたりして、大人たちに囲まれて、天才だと持て囃されて、きっと、いろんないいことを聞かれるんだろう。「なぜこの賞をとれたと思いますか?」「史上最年少での受賞ということですが、実感はありますか?」「親御さんはこの受賞を喜んでくれましたか?」――きっと、そんな、明るい質問を、幾千も投げかけられるのだろう。
自分は、逆だ――八時間の宙吊りの後、ヘリコプターで救助され、病院に運び込まれた碧志の元には、大量の記者が押し寄せた。「いつ車のブレーキが効かなくなったのか思い出せる?」「お母さんとお父さんは最期に君になんて声をかけたのかな?」「何故わざわざ夜に山へ出かけていったの? 碧志くんが行きたいって言ったのかな?」「少し前にお父さんの会社が倒産したみたいだけど、それに対してお母さんは何か言ってた?」あの事故は新聞にも大きく取り上げられた――悲惨な、痛ましいドラマとして。そして、碧志はその中で、特別、持ち上げられた。奇跡の生還やら、不幸中の幸いやら。世間から注目を浴びた。けれど、これが不幸な注目のされ方だということが、七歳の碧志にはよく分かった。碧志は、頑なに口を閉ざし、インタビューにいっさい答えなかった。奇跡的に生還した自分から――まるで潰れた果物からその僅かな残り汁を搾り取るように――どうにか、なんでもいいから、一言でもいいから――絶望とドラマを感じさせる、そんな台詞を引き出したい。記者の目は、碧志を見ていなかった。死ぬ直前まで言い争っていた父と母を思い出す。大人って、こういう生き物なのだろうか。
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