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第十九章 青の時間③
今もこの世のどこかで生きている、この名誉ある若い作家と、自分。何故、こんなにも違うのだろう――ただ、この世に産み落とされただけなのに。碧志のあれは、運が悪くて、この作家は、運が良かったということなのだろうか。運も、才能も、環境も――所詮自分は、その全てがはずれくじの人間で、これからもこの、触れるだけで鳥肌と悪寒が止まらないような過去を、一生、背負っていかなければならないのだろうか? ふつふつとこみ上げる黒い感情が、碧志の心を覆い尽くす。
普段、碧志は、あまりこういうことを考えないようにしている。一度考えてしまうと、他の人間と比べてしまうと――自分の人生が、とても残酷で救いようのない、不幸で可哀想なものなんだと、否が応でも思い知らされるような気がするからだ。けれど、このときはどうしても感情を抑えられなかった。不満と苛立ちが、幼い碧志の心を掻き乱した。
どうせたくさん売れてるんだ、お金持ちに違いない――一冊ぐらい、盗んだって、この作家は、きっと、いや、ぜったい、困らないだろう――。碧志の腕は、引き寄せられるように『青』へと伸びた。
『青』を一冊手に取ると、碧志は店員に見つからないようにあたりをこっそり見渡して、裏側の目立たない出口から逃げようとした。狭い店内、全速力はできない。小走りで、静かに、見つかないように――
けれど、唐突に背後から腕を掴まれ、碧志は動けなくなった。緊張で、全身が固まる。息を潜めながら、そっと、振り返る――そこには、鋭い目つきの青年が、立っていた。その細い腕は、碧志の手首をがっちりと掴んで、離さない。青年は、低い声で、こう言った。
「お前、この本が、欲しいのか?」
――これが、すべての始まりだった。
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