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第十九章 青の時間④
青年は、本を盗もうとした碧志を叱るでもなく、店員に突き出すでもなく、自分の金で買って、それを碧志に手渡した。
「欲しいときは、金を出すんだ」
青年が、言った。
「そうすれば、誰にも文句は言われない。ちゃんと、自分のものになる」
やっぱり、怒らない――何故だろう。青年の放つ言葉そのものは、ぶっきらぼうだったが、碧志を責めている口調ではなかった。途端に自分がとんでもなく情けないことをしでかしたような気がして、碧志はいたたまれなくなった。
「お金、ないもん」
……もちろん、あっても買ったかどうかは分からない。いや、たぶんあったら買わなかっただろう。ただ、今はこう答えるしかない。それにしても、恥ずかしい。なんで自分は――本なんて盗もうとしたのだろう。己に対する恥ずかしさと情けなさで、幼い碧志の心は、ひどく、混乱した。本を持つ手は震え、目には涙が浮かんでしまった。
その後、青年は「とにかく盗みだけはやめろ」と言いつけ、その場をあっさりと離れた。やっぱり変だ、と思った。親がいるていで話を進められたのは正直不快だったが、それにしても変わった大人もいるのだな、と思った。手の中にある『青』を見つめる。試しにぱらぱらとめくってみるが、文字が多くて、とても読む気にはなれなかった。どうしよう、こんな分厚い本――施設の誰かに、あげようかな――そんなことを考えながら、その場を離れようとしたときに、地面にきらりと光るものを見つけ、碧志の足が止まった。「……?」
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