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第十九章 青の時間⑤

 それは、十字架のネックレスだった。ボロボロで、塗装も剥げていて、きっとリサイクルショップに売っても絶対売れ残りそう。いや、こんなにボロいんじゃそもそも商品として扱われないかも――けれど、そんな考えとは裏腹に、碧志は、そのゴミ同然な十字架を、手放すことができなかった。いや、何故か――この十字架だけは、絶対に手放してはいけないような気がした。青年の顔が過る。明日、またここに来れば――会えるだろうか。  そして、翌日。碧志はまた本屋へ訪れた。が、当然来るかどうかすら分からない青年をずっと店の前で待っているわけにもいかず、長い時間立っているのも疲れてきて、向かいの公園のベンチに座って、待つことにした。 「――おい」  いつの間に自分は気を失っていたのか、肩に走る衝撃で、碧志は意識を取り戻した。顔を上げると、そこには昨日の青年がいた。あれ、よく見たらこの人の目――青いなぁ。すごく、きれい。 「お前、体調、大丈夫なのか?」  青年にそう問われ、碧志は自分の目的を思い出した。そうだ。自分はこの人に、これを渡すために今日わざわざ早起きして、ここまで来たんだった――  十字架のネックレスを差し出すと、青年はその碧眼を見開いた。「これ――」 「また、会えるかなって……で、今日、朝から本屋さんの前で、待ってたんだけど、でも、暑くて……ここで座って、待ってたんだぁ」  あぁ、駄目だ。なんか口調もふにゃふにゃして、うまく、喋れない。なんか、熱いな、身体。 「――馬鹿。どうせなら日陰で待てよ」 「う、ん……でも、さっきまで、ここも日陰だったんだよ?」 「とにかく、来い。このままじゃぶっ倒れるぞ、お前」  そうして青年に引きずられるように公園を出た。気付いたときには、青年の腕の中にいた。抱きかかえられ、ふらふらとした意識のまま、目線のすぐ先にある、青年の顔を見つめた。彼は前だけを真っ直ぐと見据えていた。少し小走りなその歩き方も、碧志は何か乗り物に揺られているようで、心地よかった。  その後、碧志は青年の家で看病され、無事に回復すると、施設に帰った。そして、その次の日から、青年の家に毎日通うようになった。青年の名は――(いのり)といった。

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