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第十九章 青の時間⑨

 ――十年前の、九月一日。  碧志は朝から上機嫌だった。元々、学校は好きでも嫌いでもなかった。行く必要が、そして、行ったほうが周りの大人たちにも心配や迷惑をかけないから――だから、他の子供たちと同様に、毎日律儀に登校していた。  祈が小学校にほとんど通っていないのには驚きだったが、碧志は彼と約束したのだ。学校を楽しむ、授業は真面目に受ける、給食は全部食べる、宿題もしっかりやる。祈にそうやって使命を与えられたことで、幼い碧志はこれから始まる新学期に対して、人一倍、希望と期待をその胸に膨らませていた。  夏休み最後の一週間で、大量の宿題をなんとか終わらせた碧志は(ここだけの話、リクトに宿題をかなり手伝ってもらった。都合がいいことに、彼は人の字を真似するのがとても巧く、かつ、そういう裏工作に加担することをまったく厭わない人物だった)担任教師にその課題を一つ残らずしっかり提出し、帰りの会が終わると、てくてくと軽い足取りで施設へ帰った。祈に、はやく会いたかった。彼が既に受け取りに行っているであろう新しいスマートフォンを一緒に眺めて、慣れない操作をしながら、あーだこーだと騒ぎたかった。  施設に帰ると、一度リビングに顔を覗かせた。本当はまっすぐ自分の部屋に行って、ランドセルを置いて、祈のアパートに直行したかったのだが、帰宅後はまず最初にリビングに必ず顔を出して、職員と挨拶を交わすのが、施設でのルールだった。 「ただいま!」  しん、と冷え切った、空気。そこで、ようやく気が付いた。いつもは笑顔で迎えてくれる施設の職員たちが、皆一様に、顔を青ざめていることに。普段、あまり見ることを推奨されていないテレビが何故か付いていて、どこかの局のニュースが流れていることに。職員である彼女たちが、碧志の姿を認めた瞬間、なにか恐ろしい悪魔とでも遭遇したかのように、その瞳に危機と絶望を滲ませたことに。

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