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第二十章 神への祈り③
「うぅっ……あ、ぁ」
美しくて、強くて、孤独で、繊細で、儚くて――けれどその全てが、あの人の、魅力だった。あの人を見ているだけで、どうしようもなく心を揺さぶられ、自我が制御できなくなった。泣いてもないのに、泣いているように見える瞬間が何度もあった。その度に、彼の細い身体を、抱き締めてやりたい気持ちに駆られた。あの人の切ない横顔や、孤独な後ろ姿や、少し下手くそな笑顔が、どうしようもなく、自分を惹き付けて止まなかった。もういなくなったあの人を思い出すだけで、全身の肉が引き裂かれ、内臓を抉りとられるような、これでもかという耐え難い痛みと、行き場のない熱を帯びた劣情が自分を襲った。どれだけ藻掻いても喘いでも癒えない深い傷が、今も疼いて、毎日毎日、窒息しそうになるほど苦しかった。
――ずっと、あの人の隣にいたかった。あの人を襲う全ての孤独や悲劇から、守ってやりたかった。
十年前のあの日――夏休み最後の、八月三十一日。何故、あの人の家から帰らない選択をしなかったのか。自分の行動を文字通り死ぬほど悔いた。あの人がもういないことが分かっていても、誰もいない、あの人の家に毎日足を運んだ。ぽっかりと胸の中に空いた、大きな穴を抱えながら、毎日をただ、生きて――けれど生きている意味など全く見出せなくなった。
『っていうか、僕が止めなかったら、イノリは殺人犯になっていまごろ牢屋のなかだったんだよ!?』
それでよかった。なんでもよかった。生きてさえいれば――小説家であろうと殺人犯になろうと、なんだってよかったんだ。あの人が――この世のどこかで、息をしていてくれさえいれば。
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