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第二十章 神への祈り⑥
――この世は、こんなに、美しいんだもの。
「……っ」
――嗚呼。
碧志の瞳から、涙がまた、零れ落ちる。
――あの美しい横顔は、この世界をどう見つめていたんだろう。あの青い瞳には、いったい、この世がどんなに悲しく、美しい色合いに満ちていたのだろう。あの人は、最後、何を思い、どんなことを考えながら――ひとりで、息絶えたのだろう。
『……いねぇよ、神なんて』
――あの人の言葉が蘇る。強い口調だった。世の中の全ての事象に抗うことを諦めた、孤独な人間の台詞だった。そして、碧志自身も同じことを思っていた。神なんていない。神は――誰も、救わない。救われない。母の金切り声。父の怒号。宙吊りにされた八時間。――でも、そんな言葉とは裏腹に、あの人はこの十字架のネックレスを肌見離さず、ずっと、大切に、身に着けていた。
――あの日、本を盗もうとした自分の手を掴んだあの人を思い出す。見上げたあの人は、自分は一体何をやっているんだろう、と自分自身に対する驚きをほんの僅かに滲ませながら、そして、何か、碧志自身の奥底にあるものを見据えるように、子供だった碧志をきつく、睨みつけていた。
――神様なんて、神なんて、いない。
碧志自身も、そう信じて疑わず――今の今まで、生きてきた。
けれど――
「お、ねが……い、します……っ」
――けれど、もし、もしもほんとうに――この世に、神がいるのなら――
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