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第8話
放課後、一応はるに連絡をしてから家に向かった。既読にすらならず心配と苛立ちが積もる。部屋のチャイムを押すと部屋の中でガタッと音が聞こえた。
「はぁ…やっぱりいるじゃん…はる、開けて。」
ドアの前で声をかけても返事はない。俺は恐らくドアの前にいるだろうと思いドアに近づき話を続けた。
「……今日、黒瀬先輩が俺のところにきたよ」
本当は先輩のことを話すつもりはなかったけど、予想通り黒瀬先輩に反応したのか部屋のドアがガチャっと音を立ててゆっくりと開いた。中から少しだけ顔を出し眉間にしわを寄せたはるがことを睨む。
「……なんで」
「話すから、中入れて」
少しだけ不機嫌そうなはるは今まで寝ていたんだろうか、右側に寝癖を残し部屋着のままだった、無言で俺を招き入れると小さなテーブルの前にクッションを置き、立ったまま俺に話しかける。
「お茶しかないんだけど…」
「そんなのいいから。体調は?」
「もう…大丈夫……」
「そうか…はる、ちょっと話そ」
俺は立ったままのはるの手首を掴んで座らせようとする、はるはそれを受け入れたようにテーブルの右側に座った。その間一切俺と目を合わせようとしない。
「真由に…なんか言われた?」
伏し目がちな瞳はゆっくりと視界の端で俺を捉える。心配してくれているのだろうか…はるの考えていることがわからなくて、知りたくて…はるの顔を覗き込んだ。
「はるの心配してたよ」
「…え…それだけ?」
「それだけ…はる…俺と会うの気まずい?」
俺はテーブルに肘をつくと、眉を下げて困ったような顔をするはるへ問いかけた。何がはるを困らせてるんだろう…はるが俺のことを好きだと言ってくれた時は、突然のことで素直に喜べなかったけど…今は違う。
「…俺、はるが好きだよ」
「え…」
「はるはなんで、そんな顔するの…?」
今にも泣き出しそうなはるの頬に手を添えると透き通るような瞳から今にも涙が溢れ出しそうに見えた。
「な、なに急に…」
はるはそう言って俺の手を軽く払いのけると気まずそうに笑って見せた。おかしい…絶対に何か隠してるとしか思えないこの状況に少し胸の奥がざわつく。
「…それはこっちのセリフ。あんなに俺に構ってたくせに…急に離れたら気になるだろ。何考えてるか知りたい。はるの事教えてよ。」
「別に…風邪でそうなってるだけ」
「じゃあなんでさっきから俺と目合わせてくれないの?」
ほらまた、どうしてそんなに苦しそうな顔をするんだよ。そのはるの顔を見ると不安になって仕方ない。そんな気持ちに耐え切れず、俺は無意識にはるを引き寄せ抱きしめていた。男のくせに華奢なその方は少し震えていて小さく声を漏らした。
「ゆうくん…」
「うん」
「…ごめん」
はるは俺をグッと押し返すと、うつ向いたまま震える声でそう言った。正直意味が分からなかった。俺の足の上にぽたぽたと零れる涙。はるはその溢れ出る涙を子供のように袖で拭いながら、今にも消えてしまいそうなほど小さな声で話し始めた。
「……本当は…っ、誰かの特別になりたいのに…俺…っ、臆病だから……近づけないんだ。ゆうくんに近づくたびに不安で不安で仕方なくなる…どうしたらいい?自分からちょっかいかけたくせに最悪…」
外ではあんなにかっこつけて王子様のようなはるでもこんな風に泣くんだな…なんて、他人事のように少し冷静になって考えてしまう俺は酷いやつだな。瞼を赤くして怖い怖いって泣き出すはるはまるで、親に置いていかないでと、泣きじゃくる子供のようだった。俺は俯き涙を流すはるの後ろに回ると後ろから包み込むように抱きしめた。この震える体を、怯える子供のようなはるが愛おしくて仕方なかった。
「はるが怖いと思うなら、怖くならないように不安にならないように好きって言うよ。俺、不器用だし上手いことは言えないけど…でも、好きって言うよ。」
「……」
「はる、好きだ」
「嘘つきで、臆病でも…?」
こっちに顔を向けて困ったように笑うはるに、優しく触れるようにキスをした。
「はる、聞いて。俺、初めてこんなに好きだと思ったんだ。だから加減わからなくて重くなるかもしれない…それくらい好き。うわなんか恥ずかしくなってきた…」
少しずつ冷静になってきた俺は、急に恥ずかしくなり顔が火照りだした。自分から言い始めたくせにはるがあまりにもキョトンとするから目を逸らしたくなる。そう思った時、はるはゆっくりと体をこちらに向けて腕を伸ばし俺を抱きしめ返した。
「…あのね、俺本当はすごいわがままだし、いつもみんなに優しくするの疲れるんだ…嘘つきなんだよ。好かれたくて愛されたくてそうしてきた…でも、ゆうくんには素直になっていい?」
「うん」
「…俺ね、本当はあの日ゆうくんに話しかけたあの日…ゆうくんの事追いかけてきたんだ」
「え?」
想定外の話をされて驚いていると耳元でくすくすと小さな笑い声が聞こえた。
「ふふ、あー言っちゃった。俺前から君の事好きだったんだよ。初めて話したあの日のもっと前。ずっと隠しておくのが辛くなってきて、でも言った後の反応が怖くて逃げてた。」
そう言って笑うはるの体は震えていた。今どんな顔をしているのか気になって体を離そうとするとそれを拒むように俺を抱きしめる腕に力が入る。ドクンドクンとはるの鼓動が聞こえてくるような気がした。
「はる、顔見せて」
「…」
「怖い?」
「ずっと嘘ついてたんだ。ゆうくんの事知ってた、気になって話しかけた、どうしても印象に残りたくて…でもあんなこと言っちゃって…」
「後悔してんの?」
「…ちょっと」
そうか…そう言って顔を見ようとするのは諦めて片腕ではるを支えるように抱き寄せ後ろにあるベッドに体を預けた。はるは俺に体重をかけるように抱きついたまま顔を上げようとはしない。
「後悔してもいいけどなかったことにはすんな。そんなことより今のはるの気持ちが俺は知りたい。俺の事どう思ってるのかちゃんと言って。」
「え?」
俺の言葉驚いたのかばっと顔を上げたはるの瞼はやっぱり少し赤くて肌の白さが際立って見える。少し戸惑ったような表情で目を合わせようとしないはるの頬を両手で挟むと無理やり視線を合わせた。
「好きって言え」
「!?」
「誰かの特別になりたいと思うなら、俺の特別になればいい。みんなが知らないわがままで可愛いはるは俺だけが知ってればいい。だから今ちゃんと言って。」
「…咲間…佑斗が、好き」
「俺も綾川遙陽が好き。俺の特別ははるだよ」
はるはしっかりと俺の目を見て小さく頷くと、へへっと嬉しそうに笑った。
少し複雑にねじ曲がった出会い方だったけど、今ならあの日あの場所で出会えて良かったと思うよ。
学校一イケメンな先輩はあざとくて可愛い俺の恋人。
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