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04.
男とは言えど、別にそこまで性欲が強い方ではなかった筈なのに。
「んぅ゛〜〜ッ…ぁあっ…!」
丁寧に余す事なく体を這う手が、舌先が気持ち良くて堪らない。愛撫される事に慣れていない体は何度も甘イキを繰り返していた。整い過ぎた彼の顔が俺の胸元にあるというだけで正直イけそうだ。
酒を飲まなかったのは、一度素面でのセックスをしてみたかったから。それなのに彼に翻弄されっぱなしで喘ぐ事しかできていない。
「おかしいんだ。君に会ってから自分が自分じゃないみたいで」
「…ぁ、…っ?」
じわ、と先端から先走りが溢れるのを感じて、彼の手の動きが早くなる。くちゅくちゅと荒っぽい水音は耳を塞ぎたくなる程いやらしくて生理的な涙が滲む。
「今朝ホテルを出てからも、仕事中にもふと君の事を思い出してしまって。頭から退かないんだ。君が欲しくてたまらない」
頭上で困ったように眉を下げる彼があまりにも愛おしく思えて、絡められた指に力が籠る。離したくない。もっと、もっと欲しい。
もうきっと、俺は一生彼の事を忘れる事はないだろう。体から始まった関係は、決して長く続かない。過去の小さなトラウマをダラダラと引き摺っている俺は、そんな固定概念に縛られていた。
肌のぶつかり合う音と上擦った喘ぎだけが空っぽな部屋に響いて、薄暗い照明の中で彼を視界に入れるだけで精一杯だった。
近くのホテルに入るや否や、雪崩れ込むようにしてベッドに押し倒された。初めこそ誠実で紳士ななりをしていると思っていたが、今日の彼はどこか体目当てかと思わせるようなそれで、少し胸が痛んだ。けれど、仮にそうだとしても良いなんて。今までの言動の全てが都合の良い誘い文句だったとしても構わない。だからこの一時だけでも彼の物になれたなら。そうやって自分が傷付かないように防御策を練る事ばかりしていた。
「…そうたさん、」
体の相性はこの上なく良い。それは俺にだってわかる。けれどもうただのセフレなんて嫌だ。これじゃあ、改めるなんて決めた自分が馬鹿みたいだ。
情事が終わった後、まだ余韻が抜け切らないぼんやりとした思考の中、彼の顔を両手で包んだ。だらしなく緩む頬に、柔らかく彼の名を呼べばそっと続きを待ってくれる。俺は何も言わないまま目を閉じて顔をそっと近付けていく。
「……それはダメだよ」
しかし、あとほんの数cmで触れ合うという所で、彼の手によってそれは防がれてしまう。予想していなかった訳じゃない。けれど、否定しないでほしかった。開いた瞳に映るのは、光を失った彼の瞳で。
その時、俺はもうこれ以上は踏み込んではいけないと思った。俺と彼は恋人なんて言えるような可愛らしい関係でもなければ、セフレだなんていい加減な肉体関係でもない。後者に関しては俺がそう思いたいだけだが、実際現時点で関係に名前を付けるのならばセフレが一番妥当だろう。
事が終わって暫く経った頃。先程の出来事からなんだかずっと気まずくて、彼が体を拭いてくれている間も、水を用意してくれた時も一言も会話できなかった。彼は何か言いたげにしていたが、わざと聞こうとはしなかった。
隣で静かな寝息が聞こえて来た頃、俺は気付かれないようそっとベッドから抜け出して、丁寧に畳んで机に置かれていた自分の服に腕を通した。名残惜しむようにもう一度彼の寝顔を見て、それから鞄を肩にかけると静かに部屋を後にした。
一度好きだと自覚してしまえば、それは多分もう元の関係には戻れない。俺はきっと一人で都合のいい勘違いをしていたんだ。
あの時否定した彼の表情は冷たくて、ずっと脳裏に焼き付いて離れない。俺にはやっぱり恋愛は向いていないのかもしれない。ちゃんと向き合おうとすれば毎回これだ。思い返せばいつも体から始まっていて、俺にとってはそれが普通になってしまっていた。
十月上旬、冷え込みだした夜の空気に、半袖だった俺は身震いした。暫くcharmeには行かないでいよう。暫く彼には会いたくない。
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