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23.取り押さえ

廊下に出ると、同じフロアの部屋から出てきた人が何人か非常階段に向かって歩いていた。 そこまで強い緊迫感は無いが、真下のフロアでの火災ということで皆ソワソワしていた。 桐谷は俺の腕を掴んだまま階段を降りていく。 1階の玄関前に集合と言われて7階から一気に駆け降りたが、皆が1階で非常階段の踊り場にあるドアから出ていくのに対して桐生はそのままもう1階降りて地下の駐車場に向かった。 「待ってよ、1階もう通り過ぎたよ!?外に出ないと」 「車で逃げる」 「え?だってさっき歩いて来たって…」 「お前は人を信用しすぎる所があるな」 そんな。じゃあやっぱり付けられてたの? 腕を掴まれたまま無理矢理歩かされる。視線の先に桐谷の見慣れたジャガーのコンバーチブルが停められていた。 ドアを開けようと桐谷が手を伸ばしかけたとき、桐谷の身体がぐいっと後ろに引っ張られて俺の腕から手が離れた。 「え?」 振り返ると、桐谷は首をがっちりホールドされていた。 俺は桐谷を取り押さえた人物を見て声を上げた。 「大迫!」 「美耶様、遅くなって申し訳ありません」 「く…っ大迫ぉ…貴様こんなことをしてただで済むと思うなよ…」 「光様。申し訳ありませんが今は文月様の指示で動いていますので」 大迫はインカムで地下に応援を呼んだ。 すぐに2名応援が来て桐谷を押さえた。 「美耶様、お怪我はありませんか?」 「ああ、大丈夫。でもよくここがわかったね」 「電話でのご様子がおかしかったので念のため確認に来ましたら、光様のお車が見えましたので。ちょっとばかり火災報知器に細工をさせて頂きました」 「え!?この火事騒ぎって大迫が…?」 「文月様が後始末はなんとかするから何としても美耶様をお助けしろとおっしゃられたのでちょっと派手にやりました」 「はぁ…」 呆然とする俺を安心させようと大迫が優しい声で言う。 「今文月様もこちらに向かわれてますので。もう間も無く到着なさいます」 そして程なくして礼央が現れた。 「美耶さん!」 車を降りて長身の夫が駆けつけてくる。 それを見たら今まで緊張して張り詰めていた糸が切れ、さっきまでなんともなかったのに身体が震えて涙が出てきた。 ギュッと抱きしめられ、俺も礼央の背中にしがみついた。 「礼央…礼央…怖かった…」 「怖かったですね、もう大丈夫です。大丈夫…可哀想に」 「俺死にたくない…礼央…」 「大丈夫です。もう安全です」 礼央は背中を撫で続けてくれた。 桐谷は俺達を見て言った。 「なんだ…美耶は…そうだったのか…」 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 後のことを一旦大迫に任せ、礼央の運転で自宅に向かった。 俺は今回無傷で、ちょっと怖い思いをした程度で済んだ。 「大迫さんから連絡があったときは死ぬほど心配しました。無事で良かった…」 「ごめん、何度も心配させて」 「美耶さんのせいじゃないでしょう。桐谷さんがそのうち何かしてくるんじゃないかとは思ってましたし。でも大迫さんのお陰で助かりましたね」 「大迫が火災報知器をどうとかって…」 「ああ、桐谷さんがいつも7階の部屋を取るそうですね。それで6階に部屋を取っていいかって言われたんで好きにしてくれって答えたんです。ゴミ箱の中身を燃やして火災報知器に火と煙を近づけたみたいですよ。ホテルには申し訳ないですが、警察は事件が起きてからでないとなかなか動いてくれないですし、それじゃ遅いんで。ホテルの方も客の個人情報だから何号室に泊まってるなんて教えてくれないですし。客全員あぶり出すって言ってたんでどういうことなのかと思ったんですけど」 「こんなことして大丈夫なの?」 いざ無事で助かってみると後のことが不安になってきた。 「大丈夫。後から弁護士に頼みますよ。それに美耶さんが無事助かるなら僕は別に犯罪者になっても構わないので」 「おいおい…」 でもまあ、お陰でギリギリ助かった。 「もう少しでまた発情促進剤を飲まされるところだったよ」 「えっ!?」 「警報が鳴ってセーフだったけど」 「よかったぁ…もう本当に…怪我なく帰ってきてくれて嬉しいです」 「俺も…」 死にたくないって思った時浮かんだのは礼央の顔だった。 礼央の子どもが欲しい。それまでは絶対死にたくない。 「そうだ。礼央に話があるんだった」 俺は日中クリニックで診てもらったことを礼央に話した。 「え!じゃあ妊娠できるかもってことですか!?」 「うん、そうみたい。ここ数日具合悪いのは妊娠してたからだったみたい」 「嘘!嘘!すごく嬉しいです!うわぁ、さっきまで今日は最悪な一日だって思ってたのに…!」 礼央は運転しながら大興奮していた。 俺ですらかなり嬉しかったしテンションが上ったもんな。 「ああ…でもそういえば美耶さんとの子どもが欲しいって言ったら迷惑ですか?」 「え?そんな訳無いじゃん。俺も礼央との子が欲しいよ」 「本当ですか?!めちゃくちゃ嬉しい…どうしよう…」 「まだ出来たわけじゃないんだから喜び過ぎだよ」 「すいません。そうですよね」 「先生が妊娠希望するなら今度旦那さんと一緒に来てくださいって」 「そうなの!?行きます絶対!」 「次のヒートが来月の終わり頃だから…今月中に行けるといいかも」 「時間作ります!」 俺達は2人で顔を見合わせて微笑んだ。

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