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28.判定日
判定日までの間、なるべく妊娠妊娠って考えないで済むように俺はいつもより手の込んだ料理を作ったり、ピアノで難しい曲に挑戦したりしていた。
ただし黄体ホルモンの薬のせいで若干だるかったり、眠かったりする。
それから、男なのに胸が張るという体験を初めてしている。身体がいつもと違うのでちょっと怖い。
先生がいつも通り過ごして良いと言うので、礼央が休みの日は気分転換にあちこち連れて回ってくれた。
桐谷とはデートらしいこともしたことがなかったので、32歳になって今更初彼氏とのデートみたいなことを体験している。
実家が厳しくて今まであまり外で遊べなかったし、食事も決められたものしか食べてこなかったからジャンクフードも礼央との外出先で初めて口にするものが多かった。
「普段通りで良いとはいえ、あんまりジャンクフード食べちゃ身体に悪いですよ」
「うん、わかってる」
とはいえ、俺は最近無性に某ハンバーガー店のフライドポテトが食べたくなってしまい何度か仕事帰りの礼央に買ってきて貰っていた。
「美耶さんこんなの食べたことなかったのに変にハマっちゃいましたね」
「今まで食べられなかった反動かなぁ?なんかすっっっごく、食べたくなっちゃうんだ。でも妊娠してたらやめる」
「ほんとかなぁ」
礼央は内心すぐにでもやめさせたいみたいだったが、俺に頼まれると断れないのだ。
そんなある日、帰宅した礼央が俺からのキスも待たずに慌てて俺の両肩を掴んだ。
「美耶さん!もしかして妊娠してるのかも!」
「気が早いな…。判定日までまだ3日あるよ」
「あのね、妊娠したらフライドポテト食べたくなるんだって!」
「はぁ?」
ネットで色々調べているうちに、妊娠初期の症状をまとめたサイトでそんな話を見かけたらしい。
「えー、そんなことあるんだ…」
「だって美耶さん揚げ物そんなに好きじゃなかったのに急にポテトポテトって言うから変だと思ったんだよ!ね、ほらこれ」
礼央はビニル袋を手にしていた。
ガサガサと中から取り出したのは小さな箱だった。
「何?」
「妊娠検査薬!」
「え~…」
病院での検査まではやらないって自分の中で決めてたんだけど…
俺は現物を目にしたらやはりどうしても気になってしまった。
礼央がいたずらっぽく言う。
「病院での判定前に自分で検査しちゃうことをフライングって言うんだって!」
「はは…」
それは俺も知っていた。
気になって妊娠した人のSNSを見ちゃったしね。
「やろうよ~、僕もう耐えられないんだ!」
「礼央ってのんびりしてそうなのに意外とせっかちだよね」
「うんうん。ね?お願い!ここにおしっこかけるんだって。ねえ手伝う?」
「バカなこと言ってないで手を洗ってきなさい」
俺は平静を装っていたけど内心ドキドキしていた。
まだ判定日前で早いけど…反応するものなのかな?
あーでも、もし何も反応しなかったら判定日より前にがっかりすることになるし…
うーん、決めた!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
結局礼央の懇願を退けて俺はフライングせずに判定日にクリニックに来ていた。
もちろん礼央も行くと言って聞かなかったが、ダメだった時がっかりさせたくなくて制止を振り切って大迫の車に乗った。
到着したらすぐに採血をされて問診を待つ。
そんなに長い時間じゃないのに、気が遠くなるくらい待ち時間が長く感じた。
そしてようやく番号が呼ばれて、医師の前に座った。
表情からはなんの感情も読めなかった。
「うん、妊娠してますね」
「え……」
「hCGが98あるので目安の基準値を超えてます。一応前回化学流産しているので胎嚢の確認ができるかどうかが重要になるんですけど」
「は…はい…」
「えー、出産予定日は◯月◯日になります。それじゃあ次は胎嚢確認に来て下さい。◯月◯日に予約して大丈夫かな?」
「大丈夫です…」
「よかったですね。まずはご主人とお祝いしてください」
俺は会計を待ちながら緊張が解けてドッと疲れが出てきた。
手が汗ばんでいる。
――妊娠してた…!
礼央にすぐにメッセージを入れた。
会計が済んだら電話しないとと思いつつ、お金を払って外に出たら礼央から着信があった。
『美耶さん!よかったね、よかったね!!』
「うん。でもほら、前に化学流産してるから…胎嚢ってのが見えないとまだ安心じゃな…」
『もーー!そんなのわかってるけどまず喜ぼうよ!ね!僕この後打ち合わせ1つあるから今すぐ帰れないけど、終わったら早めに上がるから!』
「え?そうなの?普通に仕事してきていいのに」
『いいから!じゃあ、始まるから切るね。よかった~!ありがとうね!』
少し呆然としつつ、大迫を待たせてるのを思い出して車に乗った。
大迫は無言でミラー越しに俺を見てくる。
「……妊娠してた」
ボソッと言うと大迫が珍しく口元だけで笑うと拳でステアリングをドンと叩いてガッツポーズした。
「そうだと思いました」
「え?なんで?」
「いえ、ただの勘です」
大迫も心配してくれてたのかな。
その後は無言で家まで送り届けてくれた。
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