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29.愛しい存在【第一部最終話】

礼央はノンアルコールのシャンパンを買ってきてくれた。 「そうか、妊娠したからお酒しばらく飲めないんだ」 「そうですよ~!コーヒーもたまには良いみたいですけど飲み過ぎないでね」 「うん」 「あと、ポテトも程々に」 「わかったよ」 まだちゃんと妊娠継続できるかわからないけど、ひとまずお祝いとしてささやかなご馳走を用意した。 食事の後、礼央は俺を後ろから抱きかかえてお腹を撫でさすってくれる。 「大好きな美耶さんとの赤ちゃんがここにいるんですね…」 「うん」 相変わらず胸は張っていて、眠くてだるい日が続いていた。 そして次の受診日に、エコーで無事に胎嚢が確認出来た。 と言っても、自分ではよくわからなかった。先生がこれだよと指差してくれたのはただの黒い楕円だった。 「良かったですね。胎嚢は赤ちゃんの部屋みたいなものです。大きさも12mmでこの週の正常値ですよ。次は来週来てもらって心拍の確認になります」 心拍が確認出来るかどうかが、妊娠継続の一つの山場でもある。 胎嚢が見えてホッとしたけどなかなか安心できないものだな…。 特に一度化学流産しているので、またそうなるんじゃないかと不安になってしまう。 俺は帰宅してソファに座って医師から貰ったエコー写真を眺めていた。 これが赤ちゃんになるのか… たぶん妊娠する前に見ていたら「なんだこの黒いの?」で終わる写真だ。 でも自分のお腹の中に礼央との赤ちゃんがいるんだと思うとその黒い丸が物凄く愛おしいものに見えた。 帰宅した礼央は勿論大喜びで、エコー写真を額に入れて飾るなんて言い出したので慌てて止めた。 今度心拍がもし確認できたらエコー写真を入れるためのアルバムを買ってこよう。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 妊娠週数で言うと6週4日目にクリニックへ行った。 そして緊張の中でのエコー検査。 胎嚢の黒い袋の中に白い丸が見える。 そしてそれがピクピクと動いてるのがわかった。 心臓動いてる! 「胎芽が6mmでサイズも正常。ちゃんとしっかり心拍も確認できましたよ。次回は頭と身体がわかれて見えるようになっていると思いますから期待して」 段々つわりも酷くなって来ていてきっと大丈夫だとは思っていたものの、やはりちゃんと確認できるまで不安だった。 俺、ちゃんと妊娠できたんだ…! 赤ちゃんの心臓が動いてるのが見えると俄然妊娠した実感が湧いてきた。 お腹を触って口元を緩ませた。 「頑張って大きくなってね」 帰ってきた礼央に今日の検診の話をしてエコー写真を見せた。 実はこの日の帰りにマタニティ雑誌を購入したら付録にエコー写真用のアルバムが付いていて、それに写真を入れて見せたので今度は額縁に入れるとは言われなかった。 「よかったぁ!美耶さんのこと今以上に大事にします。僕、もっと頑張って働きます!」 これ以上働くって一体何を目指してるんだ?と思って笑ってしまった。 「ありがとう。俺もこの子のために自分の身体をもっと大事にするよ」 「はい。それが聞けて本当に本当に嬉しいです」 礼央は俺の身体を優しく抱きしめた。 少し前に俺は自分の命をいらないって言って礼央に拾われたんだよな… 今こうして大事な人ができてみて、その相手に命が要らないなんて言われるのがどれだけ辛いか想像できるようになった。 礼央にもきっと辛い思いをたくさんさせちゃったよな。 俺、もっと強くなって礼央と赤ちゃんを守らないと… まだ膨らんでもいないお腹だけど、確かにここに礼央との子どもが宿ってるんだ。 色々悲しいことや辛いことがあったけど、こうして大好きになった人の子どもを授かることができた。 妊娠しにくい俺の力を礼央が引き出してくれたのかなぁ。 実家とのいざこざや礼央の両親と顔も合わせていないっていう問題はまだ残っているけど今はすごく前向きな気分だった。 吐き気はするけどね。 気持ち悪いのも赤ちゃんが元気な証拠だと思うと乗り切れる。 なんといっても俺には運命の番である礼央がついている。 「礼央…大好き。俺のこと見つけてくれてありがとう」 「僕こそ、嫁いできてくれてありがとうございます。こんな幸せな生活ができるなんて…去年まで思ってもみませんでした」 「うん、俺も」 「愛してます」 礼央はそう言って俺に口づけした。 窓に映った自分たちの幸せそうな姿を見て俺は安心して目を閉じた。 〈第一部・完〉

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