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2章-4.安産祈願とマタニティウェア
俺もこれまで全然知らなかったけど、妊娠5ヶ月を過ぎたはじめの戌の日に安産祈願をする習わしがあるそうだ。
どこがいいか迷って、安産祈願で有名な神社にお参りに行くことにした。
戌の日だとかなり混んでると聞いて、礼央の休みに合わせて俺の具合が良いただの平日に行くことにした。週数で言うと17週目だった。
戌の日じゃない平日でも参拝客はそこそこいた。戌の日と土日祝日が重なると受付に1時間以上待つこともあるそうだ。提灯が両サイドに配された階段を登ると正面に社殿が見える。想像していたよりずっと小さな境内だ。この規模なら土日に混雑するのも容易に想像できた。
5ヶ月で安定期に入っているとはいえ、まだ具合が悪くなる事もあるし長時間待つのはきつそうだなぁ。
そう思いながら記入台で名前などを記入し、初穂料と安産御守りの代金を納めた。
その後は祈祷まで待合室で待つ。戌の日だと混雑のため妊婦1人しか昇殿できないらしいが、平日なので礼央も一緒に待っていた。
その日は男性Ωで祈祷を待っているのは俺だけだった。
特に何を考えるでもなく、明るくて快適な待合室だなと周りを見渡していた。
すると、近くの席のご主人と目が合った。
俺はただの他人なので自然に目を逸らしたが、向こうが舌打ちしてきた。
「ちっ、気持ち悪ぃな。男の妊婦と一緒かよ、縁起悪い」
――え、俺のこと?
「せっかく空いてる平日狙って来たのによぉ」
それに対して奥さんが「ちょっと、やめなよ」などと言っている。
俺は心臓がバクバクし始めた。Ω男性の妊婦と一緒に祈祷するのが縁起悪いって言ってるのか?
物凄く気まずくてどうしようかと思ったけど、もう初穂料も払ってしまったし今更帰ることもできない。
「すみません、僕の妻に言ってるんでしたらやめてもらえますか?こんな場で失礼ですよ」
俺が早くこの部屋から出たいと思っていたら礼央が静かに抗議してその男を睨みつけた。
するとピリッと周辺の空気が張り詰めた。
男は礼央の顔を見て急にビクビクし始め、俺に謝って来た。
「あ、いや、すいません。何か俺…ちがうんです。ごめんなさい」
ペコペコ謝って、夫婦で離れた席に移動して行った。
それを見て礼央が俺の肩に手を置いて言った。
「気にしなくて良いですよ。まだあんな偏見持ってる人もいるんですね」
「あ、うん。ありがとう」
びっくりした…年配の男性にはたまにああいう人がいるという認識はあったけど、同年代の男性だし油断していた。
まあ、男として育ってたら気持ち悪く思うものかなぁ?
俺は悪口言われるのには割と慣れてたけど、最近ああいった悪意を向けられる事がなかったのでちょっと悲しかった。
第一、礼央まで馬鹿にされたような気がして嫌だった。
その後俺が気に病んでるとでも思ったのか、祈祷の後礼央が近くのホテルでお茶しようと誘ってくれた。
予約してなかったけどたまたまキャンセルが出たとかで、アフタヌーンティーを注文できた。美味しい紅茶とデザートで俺はすっかり機嫌を直して気分も上昇して来た。
「あー、あんな事言われると思わなくて驚いた」
「相手にしないことです。今時あんなこと言うなんて時代遅れですよ」
「まぁな。そんなに気持ち悪いかなぁ、お腹も出てきたしな」
最近はまあまあお腹も出てきて、今まで履いていたボトムスが着られなくなってきていた。
メンズ用のマタニティウェアがあまり選べるほど売ってなくて探すのに苦労し、結局女性用のマタニティウェアを買ったりしている。
そのことを礼央に少しぼやいたら、礼央が「気付かなくてすみません!」と言って帰宅してから慌ててあちこちに電話していた。
何してるのかなと思ってたら、後日男性Ω向けのマタニティウェア専門店を立ち上げると言い出して驚いた。
「え!?そこまでしなくても…」
「いえ、美耶さんだけじゃなくてきっと困ってるΩの男性がたくさんいますよね。ああ、もっと早く気付くべきだった…あ、2人目には間に合いますから!」
「ふ、2人目?気が早いよ!」
礼央は本当にせっかちだ。
Ω向けのマタニティウェア専門店にしても、行動が早過ぎてびっくりだ。
礼央の製薬会社は繊維などの研究部門もあって、その関係でアパレル企業と繋がりがあるらしい。
アパレル企業の代表者で仲良くしてる人に掛け合って、礼央が出資する形でオープンさせる事になったようだ。
今でも仕事かなり忙しそうなのにさらに仕事を増やすなんて…
「美耶さんにも意見聞かせてもらいますから、きっとやることが出来て張り合い出ますよ」
「え、俺も仕事できるの?」
「ええ、お願いしますね!」
そっか…俺も出来ることがあるんだ。
久々に仕事ができるならそれは楽しみかも。
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