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第11話 6月28日 0:30 雨の中から再び始まる

 容赦なく叩きつける雨の中、俺は公園に向かっていた。  これだけの雨だと、公園には走って30分ほどで着くだろう。  いや、そもそも響はまだ公園にいるんだろうか。  いるかどうかは定かではないが、響を最後に見たのは公園だと日辻は言っていた。  なら、まずはそこに向かうしかない。  いつの間にか全身ずぶ濡れになり、ほとんど用を足さなくなった傘は閉じて走った。  やがて、公園の明かりが見えてきた。 (あ――!)  公園の中央にある東屋に、俺の目は吸い寄せられた。  そこに、街燈の明かりをまるでスポットライトのように浴びた響が立っていた。 「俺の欠片がいくつにも千切れて四散した――」 「その時、背筋が凍えるような轟音を耳にした」  その姿を、雨の中でもよく通る声を確認した刹那、俺の足は止まる。  響は、たった一人で芝居をしていた。  その演技を、微塵も邪魔してはいけないような気がして。  だから先に気付いたのは響の方だった。  一幕分の演技を終えると響はベンチの上に置いてあったスマホを取り上げる。  どうやら動画で演技を録画し、それをチェックしているらしい。  そしてふと顔をあげ―― 「え……え、文さん!?」 「あ、悪い……その、邪魔しちゃいけないと思って」  思わず言い訳じみた言葉を返すが、響はそれどころじゃない様子で俺を眺める。 「どうしてここに……いや、ずぶ濡れじゃないですか! 早くこっちに!」 「いや、もう今更だし、お前も濡れるし……」 「いいから!」  有無を言わせぬ調子で響は俺の手を取ると東屋の中に引き入れる。 「こんなに濡れて……一体どうしたんですか?」  響は心配そうに俺の顔を覗き込むと、額に張り付いた前髪をそっとすくい上げる。  あれだけ心配した響は全くいつもと変わらない調子で、そんな細かい動作にほっとすると共になんだか妙に意識して胸が騒ぐ。  それを誤魔化すように、思わず乱暴な調子で響に問いかけた。 「お……お前こそ、こんな時間まで何やってるんだよ!」 「俺はちょっと芝居の確認を……って、こんな時間?」 「もう夜の12時過ぎだぞ!」 「え……」  それを聞いた響の表情が初めて崩れた。 「すいません! もうそんな時間だったなんて……ああ、じゃあ文さんはもしかして心配して来てくれたんですか!? こんな雨の中を……」 「いや、別に心配ってわけじゃ……」  思わず否定しようとするが、急に目の前でおろおろと困惑する響を見ていると何も言えなくなってしまう。 「まずは身体を拭いてください。ここに俺のタオルが……いや……」  鞄からタオルを取り出した響は差し出そうとしてはっと手を止める。 「すみません……これで、結構汗拭いちゃったんで……」 「いや、ありがとな」  けれども俺は手を伸ばしてタオルを受け取ると、雨にじっとり濡れそぼった顔を拭いた。  響の匂いがふわりと香る。  毎晩、ベッドで感じるその匂い。  あれだけ落ち着かなかった筈なのに、今はどこかほっとするような気がした。 「……心配、したんだよ。お前が、その……」  タオルを戻すついでにふと響の鞄を見ると、その下に何枚もの紙が挟んであった。 「これは……」 「あ……っ」  響が止めるより先に何気なくその紙を取って、息を飲む。  それは、公演のアンケートのコピーだった。  いや、アンケートならもっと枚数が多いだろう。  目を通していくうちに、それが何を意味しているのか俺にも理解できるようになった。 『何度も世界がループするのは面白かったのですが、新しい世界への転換が分かり辛かった』 『感情の表現が微妙。どうせならもっとはっきりとループの影響があれば良かったのに』 『全体的に何が言いたいのか分かりませんでした』 「……これは……」  どうやらそれは、芝居に対して否定的な意見が書かれたアンケートだけを集めてコピーしたものだったようだ。  更にめくっていくと、俺が見つけたSNSの意見を印刷した部分もある。 「――あまり、見ない方がいいかもしれませんよ?」  響は苦笑しながら俺に告げる。 「いや、見ない方がいいかもってお前、これ……」  明日も公演がある。  しかも、最終日――千秋楽。 「大事な公演前にこんな気分の下がるモノ見てメンタル大丈夫なのかよ!?」 「ええ、全く問題ありませんが?」  俺の問いに響は平然と答える。  それは全く強がっている様子はなく――俺の方が愕然としてしまう。 「な、何で……」 「文さんが創った脚本を信頼してますから」 「……」  響の答えは、俺が恥ずかしくなるほど真っ直ぐなものだった。 「この芝居、俺は間違いなく面白いと思っています。響さんの脚本も、日辻さんの演出も……だから、俺は少しでもそれに恥じないような芝居をするため全力を尽くしたい」 「ならコンディションもちょっとは気にしろよ。夜更かしとか、雨の中の練習とか」 「それは……全くその通りですが……」  俺の言葉に響は恥ずかしそうに俯いた。  けれどもはっきりした口調のまま、言葉を続ける。 「面白いと思っているからこそ、信じているからこそ……我慢できなかったんです。観客がこんなに少ないのが、否定的な意見があることが……」 「それは、俺も……」  俺だって、この芝居が面白いと思った。  悪評をなんとかしたかった。  でも、俺には何もできないから…… 「……正直、自分のことよりも文さんの脚本が悪く言われるのが耐え難かったというのもあります」 「え……」  俺が考えていたのと全く同じことを響はさらりと告白する。 「それで、少しでも自分で芝居を改善したくて……とにかく参考になりそうな意見を集めていたんです。ネットからも、アンケートからも」 「響……」 「それを精査した上で、演出の日辻先輩に確認しました。この中で参考にできる意見はありますか、って」 「ああ……それは間違いないな」  自己判断で改善するより、総責任者である日辻に意見を求めるのは良判断だ。 「結果、ネットからの意見で使えるものは一つもなかったんですが……アンケートから、いくつか演技で改善が可能な部分が分かったので今チェックしていたところでした」 「…………」  響の話を聞いて、俺は言葉を発することができなかった。  こいつは……なんて、強いんだろう。  自分にできることが何なのか考え、すぐに実行して。  そもそも、アンケートやSNSの悪評なんか俺だったら一ミリだって目に入れたくはない。  自分の作ったものに否定的な意見を聞く事は堪えられなかった。  だから、日辻の言葉に耐え切れず劇団を逃げた。  なのにこいつは精査して、取り入れようとして…… 「……すごいな、お前は……」  がくりと、力が抜けたようにその場にへたり込む。  本当に、すごい。  俺には何もできないと無力感に苛まれ、一歩も動けなかった自分が情けなくなる。 「なんで……お前は、そんなに……」  強いんだろう。すごいんだろう。そして…… 「……信じられるんだよ」  渦巻く気持ちが疑問になって零れた。  俺を、俺の脚本を、どうしてそんなに信じてくれるんだろう。 「……文さんが、俺を信じてくれたからですよ」  返ってくる言葉に俺は俯く。  また、3ヶ月前の俺の話か。  けれど、響は更に続けた。 「それに……文さんも、俺に信じて欲しいと思っていたから」 「……」 「だから俺は、今の文さんも信じて――いました」 「えっ……」  過去形!?  慌てて顔をあげると、間近に響の顔があった。 「そしてやっぱり、文さんは文さんだった……」  雨でじっとり湿った俺の頭から、雨粒が顔に垂れる。  響は指でそれをそっと拭った。 「……心配かけて、ごめんなさい。急いで家に戻りましょう」 「あ……響、その……」  響は顔を上げようとする。  その行動を、響の顔が離れるのを止めたくて俺は思わずその手を取った。 「文さん?」  響の瞳が真っ直ぐに俺の瞳を覗き込む。  どうすればいい?  どうしたらいい?  響は全力で俺を信じて、そのために動いている。  俺は―― 「――ごめん、俺は、何も思い出せない。お前のために何もできない――」 「いえ、決してそんなことは……」 「……だけど、俺は元の俺に戻りたい」  それが、一番響のためになることだから。 「響が信じてくれた俺に――っ」 「文さん……」  響の瞳が大きく見開かれた。  それは大きく大きくなって、接近して…… 「……っ!」  近づきすぎて視界に入らなくなった瞬間、俺の唇は塞がれた。  そっと確認するように触れると、次第に密着を増やしていく。  閉じた唇の上を唇で吸い上げ舌でくすぐる。  数日前の性急な口づけとは全く違う、甘い甘いキス。 「ん……」  あまりにも甘く優しい愛撫に思わず力を抜けば、響は優しく抱き留めてくれた。  それでも、口づけは終わらない。  緩んだ唇を舌がくすぐるように割り入って、唇と同じように舌を、歯茎を愛撫する。  周囲は雨に包まれているのに、口の中のその音が妙に大きく聞こえた。 「ふ、あ……」  響が俺に与える感覚に身体が熱くなり、思考さえ蕩けそうになった寸前。  響は俺から唇を離した。 「……大丈夫ですか?」 「あ……」  ちっとも大丈夫なんかじゃない。  いつもならそう言って、響を振り払っていた。  けれども今、何故かそれは出来なかった。  むしろ、離れたその唇を惜しいとさえ思う。 「……すみません、恋人同士でもないのにこんな真似をするなと以前に言われていましたね」 「……」  響の謝罪に、何と言っていいのか分からなかった。  でも、言葉にしなければ。  俺はまともにこいつと付き合って、まだ3日しか経っていない。  なのに何故……響のことが、こんなにも気になるんだろう。  こんなにも……欲しいと思うんだろう。  一番最初に身体を合わせたせいだろうか。  記憶はないけれど、感情は残ってるとでも言うんだろうか。  いや、今の想いは……響と出会ってから見つけた、完全に新しい感情。  響の信頼に、応えたい。 「いや、俺は――戻りたい、から」  3ヶ月間の俺に。  3ヵ月間の、響との関係に。  そうだ、俺は3ヵ月間の失った俺に嫉妬していた。  それと同じくらい、なりたいと思っていた。 「文さん……」  響はじっと俺を見つめていたが、やがてはっと気づいたように俺の身体を離した。 「……あ」 「帰りましょうか」  優しく俺に告げる響の表情はいつもと同じ、優しいまま。 「すみません、早く温かくしなければ、文さんが風邪を引いてしまいますよね」  そういえば俺は雨に打たれずぶ濡れになっていた。  気付けば、俺を抱き締めていた響も同様だ。 「あ、悪い……! お前も濡れて……」 「ええ。ですから早く帰ってシャワーを浴びましょう」 「ごめんな……」  響の服を濡らしてしまったことに、そしてそれ以上に先程の告白にも近い言葉をスルーしたままの響に、余計なことを言ったかとさすがに肩を落とす。 「いえ……」  けれども響は荷物をまとめると、再び俺に寄り添うようにして囁いた。 「帰ってから……続きをしてもいいでしょうか?」  マンションにたどり着くまでの30分、俺たちは無言のままだった。  部屋に入ると、俺、響の順でシャワーを浴びた。  俺は後でいいと遠慮したが、なら一緒に入りますかと言われ急いで先に入る。  完全にいつもと同じ流れだった。  ただひとつ、違うことがあった。  そのまま、俺たちは響の部屋に向かったこと。 「――文さん」 「……あの、さ、響」  ここ数日ずっと落ち着かない気持ちで過ごしてきた響の部屋のベッドの前に俺たちは立っていた。  何故か俺の肩の上には響の手が置いてある。  いい加減着慣れてきたパジャマに袖を通した俺の震える声と、響の声が重なった。 「何でしょう」  響は微笑で俺に言葉を譲る。 「いや、今更なんだけど……」  そんな響に遠慮しながら、けれどもどうしても確認しておきたい事項を口にする。 「さっきの、続きって……」 「……こうゆう事ですよ」 「わっ」  俺の言葉が最後まで言い終わらないうちに、響はそっと俺に身を寄せる。  両足の間に足を割り込ませ、俺のバランスを崩そうとする。  そのままよろけた俺はベッドに倒れ込みそうになるが、なんとかそれを踏みとどまった。  まだ俺の確認は終わってはいない。 「いや……いや、でも、だ……」  響が俺をどうしたいのかはよく分かった。  俺自身がどうされたいのかも、分かっている。  ――だけど、本当にそれでいいのか? 「俺は、何も思い出してないんだ」  つまり、俺は響とまともに会話してからまだ3日しか経っていない。  なのに、何故、たったそれだけの間に響に魅かれ、その上そんな行為まで望もうとしているのだろうか。  それに、響の方だって――  こいつが知っているのは3ヶ月前の俺だ。  今の、そんな……自分で言うのも何だけど、軽薄な感情に流されそうになっている俺で本当にいいんだろうか。 「だから、俺はお前が知ってる俺とは全然違うから……」  俺で、いいのか?  しかし響はそんな俺の疑問に――不安に答えるようにふっと笑った。  そして、そのまま俺へと指を伸ばす。  頬を撫で、唇をくすぐった指はそっと首筋を撫でる。 「……ふぁ、っ」  そんな僅かな刺激にも、俺の身体は電流が走ったような刺激を感じ堪えきれない声を漏らす。 「文さんは、何も変わっていません――」  響は指の動きを止めぬまま、笑顔で俺を見つめ囁いた。 「俺が想っていた、信じていた文さんのままです――」 「う、あっ」  響の指が、服の内側へと入ってきた。  いつの間にかボタンが外され、ひやりとした夜の空気を感じる。 「何度もおあずけになっていましたが、今夜はもう止めません」  まるで俺を逃がさないように首の後ろに片手を回し、響は宣言した。 「文さんがいくら哭いても――愛し抜いてあげますよ」 「だ、誰が泣くか……」  あまりにもストレートな物言いに思わず文句を言いかけるが、響はそれを笑顔で制する。 「安心してください、この部屋は防音ですから。実際、文さんが以前に何度哭いても、外部から文句は来ませんでしたよ」  ――哭いたことがあるのか、俺! 「いや、そういう問題じゃなくて……」 「何も問題はありません」  響は俺を抱き締めたまま、そっとベッドに倒れ込む。  次に降ってきた唇は、それとは対照的に性急なものだった。 「ぅ、ん、ん……っ」  荒々しく俺の唇を奪い、吸い上げる。  唇だけでは飽き足らず、頬に、鼻に唇を落とし甘噛みする。 (食われる……)  響の行為にふとそんなことを連想した。  それほどに響の動きは動物的で、荒々しかった。  なのに、俺は―― (食われたい……)  響の行為に、そんなことを思ってしまう。  こいつに全身を食いちぎられ、味わい尽くされたい。 「ん……っ」  気持ちが溢れ、唇を開き自分の舌をそっと響のそれに触れさせる。 「……!」  それが響に更なる火をつけた。 「……文さんっ!」 「ん、む……っ」  響は俺の咥内に深く深く舌を突き入れ、舌を絡める。  そのまま舌での愛撫を続けながら、指を動かした。  指の腹で、何も身に着けていない俺の上半身を撫でる。 「んん……っ」  咥内に伝わる激しい感覚と、そのくすぐったいような柔らかな愛撫の隔たりに俺は思わず身を捩るが、響はそのまま優しい愛撫を続けた。  胸を、腹を、臍を、一つ一つ確認するかのように触れていく。  ただひとつ、最も敏感な場所だけは避けて。 「ん、ぅ……っ」  それがたまらなくもどかしくて、火照りつつあった俺の身体は苦しげに反応する。 (もっと……あの時みたいに……)  俺は3日前の響との行為を完全に思い出していた。  心は全く理解できず混乱しながらも、身体だけは完全に反応して響を受け入れ感じまくっていた、あの日の二人の交わり。  響が、欲しい。  思い出したいとか、あの時の俺になりたいとか、響のためになりたいとか。  そんな渦巻く俺の想いはいつの間にかどろどろと溶け、今はひとつのことしか考えられない。  ただ、欲しい。 「んん……はっ」  俺がそう望んだ瞬間、響はまるでその想いが聞こえたかのように俺の唇を解放した。 「は、あ……っ」  暫く息をするのも忘れていた俺は、肩を上下させ空気を吸い込む。 「たっぷり深呼吸しておいてくださいね」  響はどこか意地悪な様子で俺に告げる。 「――これから、いっぱい哭いてもらわなければいけませんから」 「……だから、泣かないって……んんっ!」  俺の反論をものともせず、響は再び俺に顔を寄せる。  思わず俺が期待してしまった行為そのままに、俺の首筋に食らいついた。 「あ……ぁっ!」  その舌が、甘噛みする歯が本当に俺に食い込んでいるかのように感じられ、けれどもそれはたまらなく甘い刺激のようで俺は小さな声をあげる。  響はその声に満足そうに笑うと、舌で何度もその箇所を這わせる。  まるで快感を擦り込むように。 「相変わらず、ここが弱いんですね……」 「ぅ……あ、えっ?」  そんな小さな声が聞こえた。 「いつも、ここに触れるとスイッチが入って――」  ……そうなのか、俺? 「けれども、もう入っている状態で触れるとどうなるか……少し興味がありました」 「あ、ああっ」  そういえば以前、響がこの場所に触れるとやたらとそこが熱くなるように感じたことがあった。  でも今は、既にもう全身が熱い。  更に舌で、そして指で愛撫され俺の中に熱が渦巻くのを感じた。  行き場の無い熱を少しでも逃そうと、必死で首を振る。 「――どうしました? まだ、肝心の気持ちいい場所にはほとんど触れてないのに――」  響はそんな俺を見て嬉しそうに笑う。 「今からそんなに興奮していては、身体がもちませんよ?」  あえて優しい調子で囁くと、俺の上半身を抱き起す。  そして自分は後ろに回ると、後方から俺を抱え込むように座った。 「文さん――信じてました。また、あなたとこうして愛し合えることを……」 「……っ!」  響は何事かを小さく呟きながら、後ろから俺を抱き締める。  けれども響の言葉はほとんど俺の耳に入らなかった。  俺の前に回ったその指が、敏感な箇所に触れたから。 「……あ、ひあぁっ!」  いや、本来なら、そこは触れただけでそんなに反応する場所ではない。  なのに何故、掠っただけでまるで電気が走るような感覚に囚われてしまうんだろう。 「……俺の愛の言葉より、こっちの方が大切ですか?」  響は俺の困惑に気付いているのか、再び指をその箇所に近づける。  胸で先程よりその存在を主張している二つの突起に指で触れ、優しく撫でる。 「……あ……ぅ、んんっ」 「こちらも……何度も愛してあげた甲斐がありました」 「はぁ……んっ」  これも、お前のせいなのかよ……!  そんな俺の文句も、こりこりと突起を転がし時につまみ上げる響の指が与える快感に消えていく。  響は俺の身体を俺以上に知っているようだった。 「あ――ぁっ、や、ぁ……っ」  響は俺の息が止まるかと思うほどたっぷり時間をかけて、上半身を愛撫する。 「……あぁっ、んっ、も、う……」  快感が渦巻き、行き場を無くし、思わず腰が何かを求めるように浮いてしまう。  そんなにも、長い時間が経ったかに思えた。 「まだまだ――これからです」  俺の何度目かの懇願に、響は漸く俺を解放してくれた。 「まだ、文さんを哭かせていませんし……」  けれどもそれは、これから始まる出来事のほんの始まりに過ぎなかった。  パジャマのズボンと下着を剥いで仰向けにベッドに転がすと、響は俺に馬乗りの状態になる。  俺の完全に興奮した部分が露わになり、俺は響から目を逸らした。  今まで完全に忘れていた羞恥を、今改めて感じたように。 「駄目ですよ――俺から目を逸らさないでください」  しかし響は俺の顎を持つと、真っ直ぐ顔を彼の方に向けさせる。  改めて、響のやけに整った顔が目に入った。  目鼻顔立ちがはっきりして、その眼尻だけは俺を愛おしむかのように僅かに下がっていて。  額についた汗で、前髪は僅かに乱れていて。  そんな響に、思わず目を奪われる。  それに満足したのか、響は俺の両足を割り広げその間に自分の身体を入れる。 「あ――」 「――本当は、もうこのままでも大丈夫なんですが……心配でしたら、もう少し慣らしてからにしてあげましょうか」 「あ……ぁっ」  響は舌を伸ばし自身の唇を舐める。  そのまま俺に口づけると、俺の手を握った。  そして手を……指を、その整った唇の間に差し入れる。 「――もう少し、濡らした方がいいでしょう」 「……!」  響の言葉の意味に気付いて俺は思わず動きを止めるが、響は構わず俺の指を舐める。  まさか、自分で――指で、やれって?  困惑した目で響を見るが、許してはくれなかった。 「一人じゃ恥ずかしいのでしたら、俺も――手伝ってあげます」  平然とそう告げると、響の手が俺に伸びる。 「ん……ぷっ」  響の指が俺の口の中に入った。  互いにそれぞれの指を舐めあう音が響く。  やがて響は俺の手を取ると、下半身――両足の間へと導いた。 「……いや、それは……」  思わず首を振るが、手は止まらない。 「どうしました? 安心してください。もう何度も見せていただいた行為ですから」 「けど……ぁ、あっ!」  響は俺の手を掴んだまま、俺の下半身の待ち焦がれる箇所へと指を差し入れた。  俺の指と響の指、それぞれの指を俺の身体は受け入れる。 「ふぁ……あぁっ」 「ほら、ご自分でも分かるでしょう? こんなにひくひくと欲しがっているのが……」 「や、あっ、も、もう……っ」 「早く欲しいのでしたら、もっと慣らさないと……こうやって」 「あ、あぁあっ!」  響は俺の中でゆるりと指を動かす。  俺の指も響と同じように動き、予想できない感覚が身体の中を走り抜ける。 「そうです、曲げたり……少し抜いてみたり、もっと深く入れてみたり……」 「あ……あぁっ、やぁ……っ、それ……っ」  響の言葉に合わせ、俺たちの指は絡み合い、俺の中で蠢いていく。  もう、自分でしているのか響にされているのかも定かではなかった。  今にも達しそうなほど突き上げられ、引き抜かれ、ただひとつはっきりしていることは、このまま俺を最後の快感まで解き放つつもりはないことだけ―― 「ぁ……あぁっ、やっ、このまま、じゃ……っ」  耐えられない。  そんな何度目かの懇願に、響は漸く耳を傾ける。 「……文さんは、どうされたいんですか?」 「あ……は、やく……挿れて……」 「……俺を受け入れてくれますか?」 「入れ、るから……っ」 「哭いてくれます?」 「……あぁ、いくらでも、泣く、から……っ」  既に何を聞かれているのかも分からなかった。  ただただ必死で響の言葉を受け入れる。 「――文さん」  そして響は待ち望んでいた行為へと移る。  二人の指を乱暴に引き抜くと、俺をベッドに押さえつけるようにして両足の間に響の欲望を押し付ける。 「ん……ぁ、あぁあああっ!」  3日前の夜と同じ、いやそれ以上の熱を感じる。  あの時と同様、響が動いているのか、それとも俺の方が求めているのかすらもう分からなかった。  響の熱い欲望が、俺の中に入ってくる。  いや、そんな生易しいモノじゃない。  俺の中を侵略し、激しく暴れる。 「う……あ……っ!」  思わず声を漏らすと、耳元で擦れた声が聞こえた。 「声、押さえないでください……哭くんでしょ?」 「ふぁあっ!」  それと同時に更に深くまで突き入れられる。  今までにない激しい動きで、俺の奥の奥まで何度も何度も欲望を叩きつけられた。 「あ……あぁっ、ひゃぁんっ、あぁああっ!」  声を押さえるのも忘れるほど何度も快楽が襲ってくる。 「あぁあっ、んん……っ、ふ、あっ」  かと思えば急に動きが緩慢になり、あえて大きな動きで引き抜かれ、ゆるりと再び奥まで貫かれる。 「あ……んっ、や、あ……」  その動きに耐え切れず、思わず響の動きに合わせて腰が動く。  と、急に両手でその腰を掴まれた。 「まだまだ……足りないようですね」 「や、あ、あぁああああっ!」  響は俺の腰を持つと自身の動きに合わせ激しく動かした。 「あ、あ、あぁっ! ふぁぁあっ、そんな、やあっ!」  俺に乱暴に与えられる響の快楽と、それを微塵も逃さないよう自由を奪われ動かされる身体。  いつの間にか俺は、彼の言う通り何度も何度も哭き喚いていた。 「あっ、ああぁっ、はぁっ、ひ、びき……っ!」 「あ、やさん……っ!」  身体の中も外も全て響のされるがままに、昂らされ、激しい快楽のなか欲望を放つ。  それから何度も何度も俺は、響に哭かされた。 「――文さん!」 「あ、あ……」  それは、何度目かの営みの最中だっただろう。  響の、これまでとは僅かに調子の違う声が聞こえた。 「文、さん……」  互いに向かい合い座ったままの状態で俺と繋がっていた響は、突然俺を強く抱き締めた。 「ふ、ぁ……あ、あぁっ!」  それによって結びつきが強くなり、俺は擦れた声をあげる。 「文さん……文さん……!」  けれど響はそれで腕を緩めることなく、更に俺を抱き締める腕に力を入れる。 「あ……んっ、だ、大丈夫、か、響……?」  その様子がさすがにいつもと違うようで、気になって俺はなんとか声を絞り出す。 「そ……そろそろ、終わりにしようか……明日で、千秋楽だし……」  けれども響は動かなかった。  代わりに小さな声が聞こえてきた。 「千秋楽……そう、か。明日は、千秋楽……」 「ど、うしたんだ……?」  その声に含まれる深い安堵――そして決意のようなものを感じ取って、妙な不安が頭をよぎる。 「いえ……文さんのことは、俺が必ず守ります」 「え……?」  響のふと零したあまりにも今の状況に似つかわしくない台詞に、思わず聞き返そうとすると、急に腰に手を回された。 「それって……あ、ひ、ひゃぁんっ!」  繋がったまま無理矢理身体を反転させられ、後ろから響を受け入れている体勢になる。  身体の中で大きく響のものが動く感覚に、思わず鋭い声をあげる。 「何でも……ありません。何度も……何度でも、愛してあげます」 「あっ、あぁ……あぁあああっ!」  それからも響は言葉通り、何度も俺を愛し続けた――

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