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第15話 4月2日 10:00 やり直しの朝食

「響、今日も夕方から練習があるんだよな」  次の日の朝のことだった。  フライパン片手に俺は、起きたばかりの響に興奮気味に話しかけた。 「はい。まだ大学は始まっていませんから、基本練習に――」 「だったら俺も同行する」 「え、まさか……?」  はっと目を見開く響ににやりと笑ってみせる。 「ああ、完成した!」  昨夜、あれから俺は休むことなくキーボードを叩き続けた。  元々、見たことのある芝居だ。  怒涛の早さで脚本を完成させることができた。 「あとはBGMの使い所のレポートだけ。夕方までには完成するだろ」 「すごい……! 日辻先輩もきっと驚くでしょう」 「ああ、絶対にうんと言わせてやる」  朝食の目玉焼きを取り分けながら、俺はそう宣言した。  響はそれを聞きながら、ホームベーカリーから焼き立てのパンを取り出す。  俺から食事についての注意を受けてすぐ、響はホームベーカリーを購入した。  おかげで毎朝焼き立てのパンが食べられるようになり、響は市販のものより美味しいと喜んでいる。  しかし……  ホームベーカリーにヨーグルトメーカー。  新しく増えた家電を横目で見ながら、気づかれないように小さくため息をついた。  最初の買い物の時も思ったけれど、こいつの金銭感覚は傍から見ていても心配になるレベルだ。  どうやらバイトもしていないようだし、ということはこいつの財布の中身は実家からの仕送りだろうか。  まあ、劇団員なんてある程度金がなければやっていけないから、ないよりはあった方がずっといいだろう。  俺なんか、団費とノルマがキツかったっていうのも続けられなかった原因の一つだったし……  日辻の叱責がなくても、遠からず辞めていたかもしれない。  そんな事を考えていると、響の忍び笑いが聞こえてきた。 「……何だよ?」 「いえ、その目玉焼き……俺が貰いましょうか?」 「あ……いや」  響が笑いながら指差した先を見て、俺は慌てて皿を隠す。  そこには、崩れた目玉焼きがひとつ。 「いや、これは割る時ちょっと失敗して……」  響のマンションで世話になるようになってから、俺はせめてものお礼にと食事係を買って出ていた。  けれども自炊の経験はあるといっても、そう料理が上手いわけでもない俺はちょくちょく失敗をするのだった。  中でも上手くいかないのが目玉焼き。  2個作ったうちの1個は必ずと言っていいほど崩れ、失敗した目玉焼きを量産していた。 「――俺が失敗したんだから、俺が責任もって食う」  少し意地になって失敗作の皿を自分の方に引き寄せる。  なんだかこれじゃあ逆だよな……  そして3ヶ月後の響の言動を思い出し、それを懐かしく思うのだった。 「先輩の料理は何と言うか初々しくて……可愛らしいですよね」  そんな俺に、響が追い打ちをかける。 「何だよ、下手で悪かったな」 「とんでもない! ……こうして、誰かのために作るのは初めてなんでしょうか?」 「ああ、まあ……作ってもらったことはあるけどな」  3ヶ月後の響に。  まあ、時間は逆になったけど、こうやって響の朝食を作るのはあの時のお礼みたいな気がして嫌いじゃない――むしろ、嬉しい。 「……そうですか……」  そんな俺を、響は何を考えているのか分からない表情でじっと見つめていた。

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