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第23話 4月3日 18:00 二周目 用具室の中で
その日はいつものように――いや、今回になってからは初めてだったが――響と共に劇団の練習に参加した。
前回で日辻が練習に口出しされるのを嫌がることは分かっていたので、あらかじめ提案という形で芝居のイメージをレポートに纏めて渡しておいた。
この公演の練習には欠かさず参加していた俺は、芝居の演出については日辻に一任した方が良いものができると言う認識ができていた。
だからその部分は出しゃばらず、あくまでも脚本家としてイメージを伝えるだけに止めておいた。
すると休憩時間に、日辻に呼び出された。
「――レポート3枚目について話がある」
「あ、ああ……」
意外にも日辻はしっかり俺の文章を読んでくれ、それを再現するために話を聞いて理解を深めようとしてくれていた。
それが嬉しくて、俺もつい話に熱が入る。
その後も俺は日辻や団員たちを手伝って、和やかに練習時間を過ごしていった。
そう、俺は、前回の経験を経て彼らを信頼し始めていた。
その気持ちが伝わったのか、劇団の中でもスムーズに動くことができたようだった。
――けれども、ひとつだけ円滑でない部分があった。
それが、響だった。
「信良木先輩、すみませんが用具を運ぶのを手伝っていただけないでしょうか?」
「ああ……いや、役者にやらせちゃ悪いから、俺が全部運ぶよ!」
「いえ、それには及びません」
練習が終わり片付けの時間、響と一緒に使用した机と椅子を用具室に運び込んだ。
全て片付け終わり、用具室のドアに手をかけた直前。
響に、後ろから抱きすくめられた。
「先輩」
「――ひ、びき? 何を……っ」
全て言い終わる前に、無理矢理後ろを向かされ唇を奪われた。
響の手が服の隙間から肌に触れ、両足の間に響の足をこじ入れられる。
「ん……ぅ……んっ!」
乱暴に咥内を侵略され、肌の上に手を這われ、思わず変な声が漏れる。
そんな俺の様子を見た響が、唇を離して小さく笑った。
「ちょっと触れただけなのに……もう、そんなに興奮してるんですか?」
「い、や……“ちょっと”じゃないよな」
思わず言い返すと再びそれを責められるように唇を奪われる。
足の力が抜け、思わず後ろから抱き締められている響に体重をかけてしまう。
響はそんな俺をドアに押し付けると、後ろから背中を、腰を撫でる。
「な……に、するんだよ!」
「いいんですか? そんなに大きな声を出して」
振り払おうとする俺に、響はあくまでも冷静な様子で告げる。
「このドアを開けられてしまったら、先輩が、俺に襲われている場面が全員に見えてしまいますよ?」
「……!」
響の言葉に思わず身を強張らせる。
いや、まだ今なら大丈夫。
今なら、俺は襲われていない。
だけど……
耳を澄ませると、ドアの外で団員たちが話す声が聞こえてくる。
この状態を皆に見られたら、俺よりも響の方が立場が悪くなるよな?
そしたら、今回の公演も危ういかもしれない……
躊躇しているうちに、耳元で響の押し殺した笑い声が聞こえてきた。
「優しいんですね、先輩は……」
「あ…っ」
ズボンのベルトに手がかけられた。
かちゃかちゃと外す音がしたと思ったら、下半身に直接空気が当たる感覚があった。
「その優しさに、どれだけ付け込まれても知りませんよ……?」
「や、駄目……」
俺の後方に、熱いものが押し付けられた。
その意図に気付いた俺は思わず首を振るが、押さえつけられているためにそれ以上の抵抗はできない。
状況は確実にさっきより悪くなっているので、声をあげたりすることは不可能だ。
絶対に、団員たちにバレることだけは避けたかった。
「先輩……」
「ん、あぁ……っ!」
後ろから、響が俺の中に入ってきた。
初めてだった身体は昨日散々響によって馴染ませられたせいか、なんとか彼を受け入れることはできた。
身体中に響の圧迫感を感じる。
「もう、この身体は俺のものですね……」
「ふぁ……っ、しゃべ、るな……っ」
耳元を、そして胎内を刺激する声に首を振ると、更に楽しそうな声が聞こえてきた。
「知ってますよ。俺の声に、先輩が反応してくれるのは……」
「ひ、ぁ……っ!」
昨日、何度も何度も響の声を聴きながら絶頂を迎えた。
今もそれが耳に残っているのか、声を聴くだけで快感で達しそうになる。
「や……駄目、だ、こんな、とこで……っ」
「動きますよ」
「あ……っ!」
俺の声には耳を貸さず、響はゆっくり動き始める。
外に音が聞こえないよう、俺の腰を引き寄せ深く貫く。
「ん……あぁ、っ、ふ……っ」
俺は快楽を逃すように、なるべく声をあげずにそれを受け入れる。
一応、響もあまり音を立てないように、腰の動きを押さえていた。
だがその分、俺に伝わる快感もゆるやかで次第にもどかしささえ感じてしまう。
「ふぁ……あっ、ん、ん……っ」
ぞくぞくと全身に伝わる快感が俺を駆りたて、つい響を求め腰を動かしてしまう。
「こんな状況なのに……まだまだ俺を欲しがるんですね」
「あ、ちが――」
「そんなに煽って……本気で気付かれても知りませんよ?」
「あ、ぁあっ!」
ずくりと、俺の奥深くに響の熱が届く。
「ひぁ……ぅんんっ」
結合を深くしたまま俺を後から抱き締め、ぐちゃぐちゃにかき混ぜる。
思わず大きな声をあげそうになる自分を堪え、俺は必死でその快感を受け入れていた。
ほんの僅かも漏らすまいと。
「先輩……」
「ぁ……っ、ひ、び……きっ」
そのまま僅かな間俺たちは快楽に突き動かされるがままに行為に没頭した。
全てが終わると、急いで後片付けを済ませ、何食わぬ顔をして解散直前の団員たちの間に紛れ込んだ。
幸いなことに、俺たちの密事に気付いた者は誰もいないようだった。
ただ、日辻がいつもの渦巻くような瞳でこちらに向けられる視線だけは胆が冷えたが――
その日は、それ以上問題が起こることなく無事に終わったのだった。
それを契機に、俺たちの関係は前回とは大きく違ったものとなる。
けれどそれは恋人同士だった以前のように二人きりで愛し合うものではなかった。
この日のように、稽古場で影に隠れて。
練習の帰りに、公園で。
朝食の目玉焼きを作っている最中に。
まるで新しく手に入れた玩具を扱うかのように、時と場所を選ばず響は俺と繋がった。
俺は……響に求められるのが嬉しくて、そして“3ヶ月後”までに関係を深めるために、いつでも響を受け入れた。
けれども、繋がれば繋がるほど、受け入れるほどに響との関係が遠ざかって行くような気がして、俺の心には空虚と焦りが湧いていた。
そういえば、響は俺を『先輩』と呼ぶ。
以前のように『文さん』と呼ぶことはない。
今の響にとって、俺は名前を呼ぶ程でもない存在なんだろうか――
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