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第24話 6月24日 23:00 二周目 間に合っ……た?

 そうしている間にも稽古は進み、芝居は出来上がっていった。  そして、いよいよ6月24日がやって来た。  劇団の公演1日前。  そして、俺のターニングポイント。  前回、俺はこの日、24日から28日にスキップすると考えていた。  けれども何故か俺は再び3月20日に戻ってしまった。  今回はどうなるだろう。  そもそも今回、俺は響を助けられるんだろうか――  ぞくりと、手に汗が滲む。  今の俺が、“3ヶ月前”の俺に戻ってしまったら響は一体どうなるんだろう。  乱暴に俺を求めている今の響を、果たして“3ヶ月前”の俺は好きになるんだろうか…… 「頼むよ、俺……」  前回同様スマホやアプリはロックし、パスワードを変えた。  ノートにはあらかじめ裏側のページに響を助けろとメッセージを書いておいた。 「あ、れ……?」  そのページを確認しようとして、思わず小さな声が漏れる。  そこには何もなかった。  いや、よく見ると破れたような跡がある。  俺か、響がうっかり破ったのか……?  慌てて新たにノートにメッセージを書いている途中、急にノートが持ち上げられた。 「あ……っ!」 「どうしました、先輩?」  それは、響だった。 「……返してくれよ」  俺は必死でノートに手を伸ばす。  奪い返そうとしながら考えた。  いっそのこと、もう話した方がいいかもしれない。  信じてもらえないかもしれない。  それでも、打てる手は打っておいた方がいい。  信じてくれないかもしれないのと、突拍子もない話の結果響に引かれて関係が絶たれてしまうことを恐れ、響に今後起きる事故の話をすることをギリギリまで避けていた。  でも今は、話は別だ。  今更こいつに引かれたところで、これ以上悪化することはないのだから。 「響……話がある」 「何でしょう?」  響はノートを持ったまま、どこか冷たい表情で俺を見下ろす。  その表情に胸が痛んだ。  今まで、響はそんな顔で俺を見たことはなかった。  響をこんな顔にしてしまったのは、俺なんだろうか。  どこかで間違ってしまった今回の俺の行動全てを、重苦しく振り返る。  それでも、俺は響を―― 「前にも言ったけど……俺は、お前のことを……愛してる」 「……先輩……?」  俺の言葉に酷く驚いた様子の響に、必死で伝える。 「俺は、お前を……守りたい。絶対に……」 「……」 「だから……」  今から言う事を覚えておいてくれ。  そう、事故のことを告げようとした。  けれどもその前に、響の両手が俺の肩を押さえていた。 「――初めて、聞きました」 「えっ?」  今度は俺が驚く番だった。  俺は……響に気持ちを伝えた筈、だよな?  それともあれは前の響だけだったのだろうか。  混乱していると、響は俺の方にぐいと迫る。 「先輩……それは……今でも、本当にそう思っていてくれているんでしょうか?」  響の手は小さく震えていた。  いや、響の全身は、何かを恐れるように震えているようだった。 「あ……ああ、もちろん。ずっと、響が好きだった」  俺は響に応えるため、必死で告白を続ける。  最初に返ってきたのは、困惑の言葉だった。 「でも……じゃあ、何で……」  響は混乱したように俺を見る。 「何で……あんなに俺、乱暴にしたのに……」 「響……」 「……先輩と身体を繋げるのはいとも簡単で……もしかしたら、先輩にとってこれは他の相手とも慣れている行為なのかと思って……そう思ったら、止まりませんでした」 「え……」 「先輩が、他の相手と触れるのを見ていたくなくて……このまま身体だけの関係でもいいから、俺だけを見て欲しくて……それで、先輩を縛り付けようとした」 「え……っ」 「それでも乱暴に繋がれば繋がる程、もう先輩との関係は駄目になってしまう気がして……けれども止まらなくて、普通に話している団員が……日辻先輩が、憎らしかった」 「そんな……」  響が、そんな事を……? 「いや、俺……そんなわけない」  俺は必死で首を振る。 「それ位で俺の気持ちがどうかなる程いい加減にお前を好きなんじゃない!」  何度でも、愛してる。  響に伝わるために、繰り返す。 「響を……愛してる」 「先輩……」 「……っ!」  俺の肩に置かれた響の両手に力が入った。  思わず痛みに声を漏らすと、慌てた様子で響は力を抜く。  けれども、肩の手は離さない。 「俺も……愛してます。信良木先輩のことを……」  響の顔が近づく。 「ん……」   今まで何度も交わした口づけ。  けれども、こんなにも優しいものは初めてだった。 「先輩……」 「……名前で、呼んでくれるか?」 「……文さん」  何度も口づけを交わし、そのまま響は俺をベッドに運ぶ。  今までは乱暴にその場で交わるだけだったから、ベッドで愛し合うのは久しぶりだった。 「響……」 「文さん……」  響と抱き合いながら、俺はどうしようもない程の安堵感で胸がいっぱいになっていた。  また、こうして響に名前を呼ばれる日がくるなんて……  それに、何より……間に合った。  本当にギリギリだったものの、響と心まで結ばれることが叶った。 「文さん……いいのでしょうか? あなたと結ばれる行為を、愛情と呼んでも……」 「ああ……響、何度でも、愛して……」  言葉通り、何度も口づけを交わした。  身体を繋げるまでの一時の愛撫を、互いに繰り返す。 「……ぁ、そう、だ、響……」 「何でしょう?」  響が与えてくれる快感に溺れそうになりながら、俺はなんとか重要な言葉を絞り出した。 「こんな時に何だけどさ……お前、車には、気をつけろよ……」 「……確かに、こんな時にどうしたんですか?」  響は俺を後から抱き締めているので、苦笑するような呼気を感じた。 「どうせならもっと可愛らしい言葉をかけてもらえませんか?」 「可愛らしいって……」  僅かな抵抗はあったが、少し考えてこう告げる。 「信じてくれ……俺は、響を愛してる。身体を繋げていてもいなくても、離れていても……きっと、愛してるから」 「文さん……」 「だからお前も、事故には気をつけろ。特に、公演の千秋楽の日、とか……」 「随分と飛躍した“だから”ですね」  俺の言葉に響は小さく笑う。 「でも、分かりました――文さんがそう言ってくれるのでしたら」 「あ……ああ!」  良かった……そう思った次の瞬間だった。  世界が、歪んだ。 (俺の欠片がいくつにも千切れて四散した) (背筋が凍えるような轟音を耳にした) (かなら……が、死ぬ……)  聞き覚えのある音楽に世界が満たされた。  何度目かの感覚に、はっと身構える。  さあ、次は何が来るんだろうか。  6月か、3月か、それとも全く別の時期か。  いずれにしても、俺がやるべき事は一つ。  響を、助ける―― 「いた……!」  目の前に響の背中が見えた。  それを確認した瞬間、走り出す。  頬に当たるのが雨なのかそれとも桜なのか、判別する余裕もなかった。 「響!」  背中に手を伸ばし捕まえ、そのまま一緒に転倒する。  信号無視のトラックが通り過ぎていくのを見送る。  そして…… 「あ、あ……」 「え、ええと……貴方は……そうだ、信良木先輩?」  驚いた様子で俺を見る響の背中には、桜並木が見えた。  3月だった。  もう一度、やり直し。 「血が出てるじゃないですか! 信良木先輩、大丈夫ですか?」 「……」  3度目の響の言葉を聞きながら、俺は舞い散る桜を眺めていた。

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