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第25話 ??周目
それから俺は、3回目のこの3ヵ月間を順調に進めていった。
響と親交を深め、脚本を完成させ、決起会で程好く酒を飲んで関係を進めた。
過去の失敗が分かっている分、それを修正して1回目や2回目よりも響や劇団と良好な関係を築くことができた。
やがて、俺と響は恋人同士となった。
当然、事故の忠告も忘れなかった。
今回は響自身に、何度も何度も車への注意を勧告した。
交通事故のお守りも買ってみた。
全てが、上手く行ったように思えた。
そのまま時は過ぎ、6月24日を迎えた。
響に誘われるがままにベッドを共にして――
そして、世界は歪む。
(俺の欠片がいくつにも千切れて四散した)
(背筋が凍えるような轟音を耳にした)
(必……が、死ぬ……)
「響!」
俺は、再び道路を渡ろうとする響を助けていた。
そして――今が、3月20日だと気付くのだった。
何度も、何度も。
少しずつアプローチを変えながら、それでも大きな変化は避け、俺は3ヵ月間を繰り返していった。
俺は響と愛情を育みながら、時に愛欲にまみれながら、あらゆる3ヶ月間を共にした。
けれども、いつも終点はひとつ。
6月24日にベッドを共にして、気づけば3月20日に戻っている。
その、繰り返し。
どうして戻ってしまうんだろう。
何故、先に進めないんだろう。
3ヶ月後の響は、一体どうなってしまったんだろう。
繰り返せば繰り返すほど、心の中に澱みが溜まる。
何度も書き続けた脚本や舞台のためのレポートは、次第に何も考えなくても指が動いて完成できるほどになっていた。
響への言葉も、ほとんど悩むことなく唇から零れるようになってきた。
いつしか、決起会で飲み過ぎて響と身体の関係を持ち、そのまま彼と繋がり続ける愛欲の3ヵ月間が増えていった。
それでも、最後に修正すればいい。
いつもと変わらない3ヶ月間が過ぎるはず。
響さえ助けられれば、それでいい。
俺の心は次第に麻痺していき、進まない時間から逃れるように、響に溺れていった。
そして――その日はやって来た。
世界が歪んで、響の背中が見えた。
もう何度も何度も見た、その背中。
俺はいつものようにそれに向かって手を伸ばす。
しかし……届かなかった。
麻痺した心は危機感を薄め、俺から必死さを奪っていた。
俺の手はあと数ミリの所で宙を掻き、響は一歩を踏み出した。
「あ……!」
背筋が凍えるような轟音を耳にした。
トラックが通り過ぎ、響の欠片がいくつにも千切れて四散した――
「響!」
俺の頬に何かが当たった。
それは、雨。
響の血を、欠片を洗い流す雨。
「なんで……なんで、今なんだよ……」
俺は信じられない思いで降りしきる雨を受け止めていた。
そう、雨。
今は――6月だった。
響が死んだ、あの日。
「あ……駄目、駄目だ……!」
それだけは、駄目だ。
この未来だけは、阻止しなくちゃいけなかったのに……!
歪め。
歪んでくれ、世界。
もう一度、戻してくれ。
3ヶ月前の、あの時に。
今度こそ、絶対に成功させるから。
どんな手を使ってでも。
頼む。
頼む――!
その瞬間、世界が歪んだ。
音楽で世界が満たされる。
(俺の欠片がいくつにも千切れて四散した)
(背筋が凍えるような轟音を耳にした)
(必ず一人が、死ぬ)
「あ……」
何度も経験した、ここ最近は逃げ出したくなるほどの気持ちで迎えてきたこの世界の歪み。
そして、声。
それを、今ほどありがたいと思ったことはなかった。
今度こそ、助ける。
どんな手を使ってでも――!
気付けば周囲は暗くなっていた。
俺はどこか温かいものに包まれていた。
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