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第28話 6月25日 13:30 二周目 二度目の「初日」

 身支度を終え、日辻に引き摺られるようにして劇場に向かった。  響に会ったらどんな顔をしようと怯えていたが、そこにはまだ彼はいない。  ほっとする俺を、日辻は人気のない控室に押し込んだ。  そして山のように並ぶパンフレットとチラシを指差し、命令した。 「挟め」 「は!?」 「パンフの完成がギリギリで、チラシを折り込む暇がなかった。とりあえず今日の公演の分だけでも終わらせろ。それが終わったら明日以降のも頼む」 「え、待って俺一人で?」 「忙しかったから、働き手が確保できて良かった」 「芝居を見せるために来たんじゃないのか!?」 「開演の時間になったら連絡する」  それだけ言い捨てると日辻は行ってしまった。 「なんで俺が……」  そう言いつつも、俺はひたすらパンフレットと格闘することになる。  通常は他劇団も合わせ数人がかりでする仕事、一人でやるとなると時間がかかって仕方がない。  けれどもその間は誰とも……響とも顔を会わせることはない。  手を動かしながら、僅かに……ほんの僅かだけ、日辻に感謝していた。  公演開始直前、約束通り日辻は俺を呼びに来た。  そして今度は3階の照明部屋へと引き摺って行く。 「まさか……今度も手伝いを?」 「素人にやらせるか。最高の見学場所だろ?」  怯える俺の背中を、日辻は溜息と共に押した。  たしかにここなら舞台を、劇場ごと一望できる。  照明やピンスポットのスタッフたちにお辞儀しながら、俺は舞台を見つめることになった。  日辻から貸して貰ったスタッフ用のイヤホンから、裏方の情報が聞こえてきた。  ロビーでは会場の挨拶を、日辻が行っているらしい。  そして、公演が始まった。 「俺の欠片がいくつにも千切れて四散した――」 「その時、背筋が凍えるような轟音を耳にした」  久しぶりに聞く響の声に、一瞬身体が震える。  もっと久しぶりに見る芝居の本番は――やっぱり、素晴らしいものだった。  響が、日辻が、そしてスタッフたちが、公演を全力で良いものにしようと気合を入れて創り上げていた。  イヤホンから耳に入る、日辻の声からもそれが分かる。  俺は舞台を前に至福の時を過ごし――それが終わると、再びチラシの折り込みに駆りだされた。  忙しかったが、客席とは違い、最後の役者たちの挨拶と顔を会わせなくて済むのは助かった。  この日、俺はチラシを挟み続け、観劇するだけの1日を過ごした。 「――今日は、ありがとな」  公演を終え、帰る場所もないので日辻と共にアパートに向かいながら俺は小さく礼を言った」 「……お前は自分の仕事をしただけだ。俺も、礼は言わないが助かったと思っている」  日辻は、どうやら俺に感謝を意味するらしい言葉を回りくどく告げる。 「……それに、お前に礼を言われる筋合いもない。俺は、ただ……」  そこまで言うと、喋りすぎたとでも言うように口を閉じた。  日辻は、酷く疲れているように見えた。  最初の公演こそ盛況だったが、夜は目に見えて人が減っていた。  今後も、もっと酷い状況になることを俺は知っている。  その件を協賛している関係者各所に問われているのか、公演の他に電話や人の対応で走り回っているようだった。 「あの……明日も、俺、手伝うから」 「当然だ」  少しでも力になればと申し出るが、既に戦力には入れられているようだった。 「チラシの折り込みももうすぐ終わるから、他にも何かあれば……」 「いや……」  しかし日辻の次の言葉は、僅かに覇気が減ったように感じられた。  どうしたのかと日辻を見つめると、暫し口籠った後でこう答えた。 「あれは……お前と奴を会わせないようにしただけだ」 「え……」  驚いて聞き返そうとするが、日辻は不満げにふいと顔を横に向ける。  日辻は一体どんなつもりで俺を控室に閉じ込めたんだろう。  いや、それが意味するところが俺の想像通りだとするなら……そもそも、俺たちが同居しているということは……昨夜の夜は……  改めて、俺と日辻の関係を意識する。  昨日の夜のことも、日辻の……ワンマンと言うか、我儘のようなものの延長線上かと深く考えるのを避けていた。  けれども、日辻は、その、俺のことを?  でも一体、どうして、何時の間に…… 「――やっぱり、何をやったんだよ三ヶ月前の俺……」  混乱ぎみのまま、久し振りの台詞を呟くのだった。

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