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第29話 6月27日 23:00 二周目 ひとりの、日辻出流

 そのまま公演は順調……とは言えないまでも、大きな事件もなく過ぎていった。  その間、俺は何度か響に声をかけようとしたが、劇団全体のぴりぴりした空気と日辻が押し付ける仕事によって、それを果たすことはできなかった。  相変わらず客の入りは少なく、劇団の士気は次第に下がってきていた。  そんな中日辻は相変わらず厳しく団員たちを指示し、普段と全く変わりのない様子を見せつける。  彼自身、売上げや客の減少で追い詰められ大変そうだと言うのに……  日辻が気を抜くことができるのは、彼の住むアパートに戻った時だけだった。 「……」  どさりと敷きっぱなしの布団に身を横たえると、日辻はハンディカメラを取り出した。  そこには、今日の公演の様子が記録されている。  無言のまま、それ再生すると眺めていた。 「……あの、さ、夕食食べるか?」 「要らない」 「そうか……今日一日芝居漬けだったのに、まだ見るのか?」 「あれは、仕事として見ていた。今は娯楽として見ている」 「あー、分かるわ」  どこかで聞いたような台詞を呟く日辻の背中をため息をつきながら見つめた。  暫くすると、笑うような息の音が聞こえてきた。  いや、実際に日辻は笑っているようだ。  公演の録画を見て。 「……そんな笑う所、あったか?」  沈黙を避けようと、思わず聞いてみると、意外にも満足そうな答えが返ってきた。 「――面白い。この舞台は」 「あ、あー」  笑う理由には少し違うような気もするが、分かるような気もするので素直に頷く。  するとその後に、日辻は意外な言葉を発する。 「――お前の脚本は、面白い」 「……へ!?」  芝居が良いのは俺の演出が良いからだ。  それが口癖の日辻のあまりにも予想外の言葉に唖然として言葉を失っている俺に、日辻は更に続ける。 「お前の脚本は、最初に見た時から面白かった」 「え……」  何と答えて良いのか分からなかった。  日辻から、ここまでストレートに褒められたことは一度も無かったから。  同時に、酷く後ろめたい思いが俺を襲う。  この脚本は、正確に俺が作ったのかどうか、俺にも自信が持てなかったから。  だけど、これだけははっきりしていることがある。 「――日辻の演出も、面白い」 「――当然だ」  俺の言葉に日辻はいつものように傲慢な様子で頷いた。  だが、その言葉はいつもよりずっと柔らかく……まるで笑っているかのようだった。  顔は見えなかったけれども。  日辻の笑う意図を、その前の言葉の理由を、もっと問い詰めてみたかった。  だが俺はそれ以上の言葉を飲み込んだ。  こいつは、いつもずっと気を張ってる。  ここが気を抜ける唯一の場所なら、好きなことをやらせてやろう。  三ヶ月前の俺なら、もっとこいつをリラックスさせることができたのかもしれないけどな……  ふとそんな事を考え、はっと首を振る。  今日はもう27日。  明日はいよいよ千秋楽。  響が――事故に遭う日。  その日までは日辻の側にいろと言う過去の俺の忠告に従って、ずっとここにいた。  明日は、一体何が起こるんだろう。  いずれにしても、明日こそ、響を助けなければいけない。  ……けど、その前に……  転がったままの日辻を見つめる。  もう少し、こいつをなんとかしないといけないよな……  最初の日以来、日辻に襲われることはなくなっていた。  食事は、俺が支度しようとする度に日辻に奪われ結局こいつがほとんどやってしまっている。  日辻は、常に一人だった。  一人で何でも出来てしまった。  見ていて危うい程に。 「――せめて、何か食えよ。今日もほとんど食べてないだろ?」 「……」  俺の言葉に日辻は黙って片手を上げる。  そこには栄養補助ゼリーが握られていた。 「じゃなくて! もうちょっと何か……!」 「――なら、お前を食わせろ」 「……っ!」  寝ている日辻に手を伸ばすと、逆にその手を掴まれ引きずり込まれた。 「日辻……」  押し倒されている形になった俺は、日辻を見上げる。  久し振りに、こいつの目を真正面から見たような気がした。  相変わらずの、俺の奥底まで射抜くような鋭さを持つ、渦巻くような瞳だった。 「俺が栄養を摂ったら……お前は何してくれるんだ?」  挑発するような声が上から降ってきた。 「全部、思い出すか? それとも、以前のように出流と呼んでくれるのか?」  いつもの傲慢な日辻の声は、だけどどこか甘えているようにも聞こえた。  俺なら、こいつを何とかできるんだろうか?  一人にさせないで済むんだろうか。  一瞬、そんな考えが脳内を渦巻く。  だけど…… 「……ごめん」  俺はそう言うと、日辻から視線を逸らした。 「ごめん……出流。俺、は……やらなきゃいけない事がある。大切な……人がいるから」 「……」  俺の言葉に、日辻は無言のままだった。  しかし、俺を押さえる腕が僅かに緩んだような気がした。 「今日まで、居させてくれてありがとう。明日になったら、出ていくから」 「……そうか」  俺が抜け出すより早く、日辻は俺を解放した。  そのまま俺に背を向け、カメラで公演の再生を続ける。  その背中にかける言葉が見つからず、俺は黙ったまま見つめていた。  どうせ明日になれば、全てが終わる。  明日が来れば――

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