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第31話 4月1日 17:00 ???周目 ひとりのためだけの

「いず……あ、日辻。まず話があるんだけど」  俺は練習場の片隅で、出流と向かい合っていた。  部屋の中心では、響を始めとした劇団員たちが基礎練習を行っている。  もう、何度も何度も見慣れた光景。  昨日、俺は出流と響から劇団の脚本作りを依頼された。  出流とは、病院に付き添ってもらった縁であれから何度か話をする機会があった。  そして俺は響のマンションに暫くの間厄介になって、そこで響の音楽への想いについても何度か話を聞いていた。  ――準備は全て整った。  今日は、脚本作成のために出流と打ち合わせを行うことになっていた。  いつもは公演のコンセプトを聞いて自分が覚えている芝居の内容から脚本の大筋を擦り合わせるだけ。  けれども、今、俺はその流れを根底から覆そうとしていた。 「この脚本――俺は、響のためだけに作る」 「――は?」  返ってきたのはいつもの不機嫌そうな出流の声。  こうして見ると、あの日の傲慢な、だけどどこか甘えたような出流の姿が悪い幻のような気がしてくる。 「ふざけるな。芝居は観客のために存在するんだ。お前はそのために、俺の考えを表現する脚本を作れ」 「俺は響のために、全力で最高の脚本を作り上げる。日辻なら、それを観客のための最高の公演に仕上げることができるだろ?」  出流の怒声に俺は一歩も引かぬまま答えた。  そこに、響と出流への揺るがぬ信頼を込めて。 「……」  俺の言葉に出流は少し考え込む様子を見せる。 「――確かに、対象を一点に絞れば脚本もそれだけ尖ったものになるかもしれないな」 「じゃあ……」 「八王子、来い!」 「えっ」 「日辻先輩、信良木先輩……どうしました?」  その様子に期待している俺の前で、出流は練習中の響を呼び付けた。 「お前も話し合い参加しろ」 「え、何故……?」 「主演のために作る脚本なら、打ち合わせから居た方がいいだろう」 「あ、は、はい……?」  まだ状況が分かっていない響も加え、俺と出流、そして響の3人で脚本の相談は始まった。 「コンセプトを聞いた上で、提案がある」  これまでと同じ、制限つきループものという出流の話を聞き終えた俺は、二人に向かって話し始めた。 「“音楽”をループ世界の主軸に置けたらと思うんだ」  そう、俺は、完全な新作を作るつもりでいた。  今までは、俺が未来に見た芝居をそのまま脚本にしたものだった。  だけど、果たして本当にそれでいいんだろうか。  今まで何度も同じ時間を繰り返し、響の芝居を、曲を、出流の演出を見てきた上で、もっと良い物を組み上げることはできないだろうか。  そう考えた俺の結論だった。 「主人公は世界に“音楽”が見えるんだ。それはその場の人間、状況によって違う……空気みたいなもので」  そこまで話してちらりと響の顔を見ると、驚いたような顔で俺を見つめているのが分かった。  そう、これは、以前に響から聞いた話を元にしたものだ。 「ループした世界の記憶は残っていないけど、当時の感情を元にした音楽だけが重なって聞こえてくる……そんな感じで」  かつて俺が見た芝居で主人公がループから持ち越せたのは「感情」だった。  それを、もっと観客に分かる形で提示できれば……そう考えての提案だった。 「――悪くないんじゃないか」  出流が頷くのを見て、俺は更に話を進める。 「それで、劇中の音楽についてなんだけど――」  以前と同じく、響の曲を使ってもらえないかという提案を出す。 「却――」 「待った!」  即座に話を打ち切ろうとする出流を急いで止める。 「言ったろ? この芝居でBGMは重要なものになるって。そんな中で響の曲のイメージは完全に俺の考えと合致してたんだよ! むしろそれを聞いて思いついたんだ」  俺は必死で食い下がる。 「選択肢として確認してみて損はないって」 「サンプルもないのに選択できるか」 「あります!」 「え?」  俺と出流の話を黙って聞いていた響が突然立ち上がった。  そのまま、鞄の中からスマホを取り出す。 「これは……」 「先日、先輩とBGMについてお話したでしょう? あの後、いくつか曲を纏めていたんです」  響は俺に微笑むと、スマホとイヤホンを出流に差し出した。 「サンプルを要求した以上、確認する義務はありますよね」 「……そうだな」  出流はそれを耳に入れ、目を瞑ると音楽に耳を傾ける。  その間に俺は持ってきたノートに目を落とした。  そこには、出流から聞いた芝居のコンセプトと打ち合わせの内容が記されている。  それに続けるように、芝居上でループの演出をするための効果的な曲の使用方法など、考えていたものを必死で書いていく。  やがて、曲が終わったのか出流が瞳を開く。  そのまますぐ、俺の書いていたノートを見つめた。 「――場面ごとに常に曲を流すのは悪くない。だったら逆に、ループの瞬間だけは完全に無音にすることでその異常性を表現できるだろう」 「じゃあ……!」 「役者は音響に負けない自信はあるか?」 「もちろんです!」 「よし、なら2週間以内に脚本の1案目を提出しろ」 「ああ!」  響のおかげもあって、驚くほどスムーズに1回目の打ち合わせは終わった。  俺が脚本を提出したのは、その次の日だった。  即ち次のターニングポイント、決起会の日。

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