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第32話 4月2日 22:00 ???周目 素面たちの夜
俺が一晩で書き上げた脚本はあっさりOKされ、それでも色々出流に意見を求めその場で修正し、無事採用された。
そして決起会が行われることになった。
「響……あまり飲み過ぎるなよ?」
いつものように周囲から酒を勧められる響にそっと耳打ちする。
「これくらい大丈夫ですが……?」
「後で、少し話があるんだ。できればあまり酩酊してて欲しくない」
「話……? 分かりました」
俺の言葉に響は素直に頷くと、勧められる酒を程好く誤魔化しながら断ってくれた。
俺も、アルコールは一適も取らなかった。
何故なら、決めていたから。
この日、どうやら俺は完全に酔っぱらってそのまま響に告白してしまったらしい。
そのまま、身体を重ねたこともあった。
だけど、それじゃ駄目だ。
響には、俺が俺のままでしっかりと気持ちを伝えたい。
そう考え、会の間中酒を断っていった。
帰り際、僅かな誤算があった。
今まで俺たちは酔っていたので、タクシーを相乗りして近くまで送ってもらった。
しかし素面だった俺と響は他の酔っている団員にタクシーを譲り、電車で最寄駅まで帰ることになったのだ。
駅からマンションまでの道は、公園の反対側だ。
今からそこに寄るのは、不自然だよな……
考え込む俺に響が声をかける。
「どうしました、先輩? そういえば話があるって言ってましたよね」
「あ、いや……帰ったら、話す」
こうなったら、マンションで話をするしかない。
そこで何が起きるか全く予期できないまま、俺はそう決意した。
「響が――好きなんだ」
「え……」
マンションに戻った俺は、素面のまま真正面から響を見て告げた。
「突然で、本当にすまない。でも……愛してる。だから、お前の役に立てればと思うし、守りたいと思う……」
「そ、れは……」
見つめていた響の表情が驚きからゆっくりと変化していった。
それはもしかしたら困惑といった感情だったのだろうか。
今まで見たことのないその表情を見て、俺はやっと気が付いた。
――しまった、失敗、した。
頭の中に過去のループの状況が蘇る。
今まではどちらかが、あるいは二人共が酔っていた。
だから、酒のせいだという言い訳が出来る状況にあった。
逃げ場があるという余裕が俺の告白を受け要られられる下地にあったのだ。
けれども今は、二人とも素面だ。
告白する側も、受ける側も、どこにも逃げ場がなかった。
俺は……自分が最善を尽くそうと努力するあまり、響の側の気持ちを考えるのを怠っていたんだ。
「あ……悪い」
「えっ」
響のそんな顔を見ていることが居たたまれなくて、思わず俺は立ち上がった。
「急にこんな話をして悪かった! その、聞かなかったことにしてくれて構わないから!」
自分でも何を話しているのか分からなかった。
ただ言えるのは、一刻も早くこの場所を離れたい。
うまくいったと思った矢先のこの失敗に、俺は酷く動揺していた。
「先輩!」
「酔ってたのかな……少し、頭を冷やしてくる!」
それだけ告げると、慌ててマンションから飛び出した。
響が俺を呼ぶ声が聞こえてくる。
そこから少しでも逃げるため、走るようにしてマンションから離れた。
そして無我夢中で走り、途中で疲れ歩いていた俺は――
いつの間にか、公園の前に来ていた。
考えてみれば、この場所はいつもターニングポイントのひとつだったな。
人気のない広い公園をぐるりと見渡す。
あの時と変わらない東屋を見ると、ふと当時のことを思い出す。
あそこで響に告白したり、キスしたり、時には愛し合ったり……
その時、突然声をかけられた。
「――信良木」
「わっ!? えっ、い、出流……!?」
声をかけられたことに、そして次にかけた相手に、俺は2重で変な声をあげてしまった。
どうして、出流がここにいるんだろう。
「あ、違った、日辻……」
「――別に名前で呼んでも構わない。時々間違えてたようだしな」
「ああ、悪い……出流」
出流の言葉にほっと息を吐くが、どうして彼がここにいるのかは分からないままだ。
「酔い覚ましに、ちょっと散歩していた」
「あ、そ……そうか」
俺の疑問に答えるような出流の言葉にほっとして頷くが、同時に嫌な予感を覚える。
こいつは毎回、飲み会の後でここに来てたのか?
この時間、ちょうど俺と響は東屋で愛し合っていたこともあったような気がするんだけど……!
「あ……いや、でもこことそことは全く別のアレだよな……」
「そんな事よりお前はどうした?」
一人動揺する俺に出流は追及する。
「あ、俺、も、酔い覚ましに……」
「お前は飲んでなかったろ」
「まあ……」
「八王子と何かあったのか?」
「い、や……」
やたらと鋭い出流の言葉に、俺は何も言ずに俯いた。
正直に言うことはできないが、誤魔化す言葉も見つからない。
「別に、ちょっと……」
「振られたのか?」
「え……なんで!?」
言いかけ思わず口を閉じる。
こいつは、何だってそんなに勘が良いんだろう。
そして、今更誤魔化しが効かないことを悟った俺は黙ったまま頷く。
「まあ、というか、引かれたって言うか……」
「そうか」
言うなり出流は俺の腕を取る。
「わっ」
そのまま東屋へと引っ張って行く。
俺を強引に座らせると、その隣に座る。
だけでなく、俺の頭に手を置いた。
出流のどこか懐かしい手の感覚が、頭に温もりを与えてくれた。
これはもしかすると……慰めているつもりなんだろうか?
「出流は……知ってたのか? 俺が、その……」
「見てれば明らかに分かる。お前は、八王子に対してどこか必死だった」
そんなにあからさまだったかと、小さくため息をつく。
だったら響の目には、俺はどんな風に映っていたんだろう。
やりすぎだったのかもしれないな……
今まで繰り返した経験から、受け入れてくれると言う甘えがどこかにあったのかもしれない。
そんなことを考え、何度目かのため息をついた。
「――だったら、考え方を変えたらどうだ?」
そんな事を考えていると、ふいに出流が口を開いた。
「変える?」
「俺に、したらどうだ?」
「え……!?」
それは一体どういう意味なんだ?
完全に意外な言葉に、俺は驚いて出流を見つめた。
それは良いとか悪いとかじゃなくて、ひたすら驚いた結果の行動。
そんな俺を前に、出流は細い息を吐く。
笑っているのだろうか?
「――八王子の反応は、そんな感じだったか?」
「あ……!」
言われてはっと気づいた。
響が俺と同じ気持ちだったとするなら――だとしたら、決して引かれたわけじゃない。
出流はそれを教えてくれようとしたんだろうか。
俺は……響のことに必死すぎて、この日の告白にこだわりすぎて、勝手に自分を追い詰めていた。
この世界では、ひとつも失敗をしてはいけないと。
「出流……ありがとう!」
「……別に俺は、ただ本気で……」
「そうだな……俺、やっぱり響が大事だ。どうしても守りたいし、信じていたい存在だ……! だから、もっと頑張るよ」
「……」
「出流のことも、尊敬してる。以前よりずっと理解できているような気がするし、もし何かあったら守りたい。だけど……」
「もういい」
心から礼を言えば、出流はすっと目を逸らす。
その時だった。
「信良木先輩!」
突然、聞き覚えのある声が耳に届いた。
それと同時に響がこっちに向かって駆けてくるのが見えた。
「響……!」
「お前ら、夜中なんだから少しボリュームを下げろ」
驚いている俺の隣で出流は平然と苦言を呈する。
「すみませんでした。ですが……」
響は心配そうに俺を――俺と出流を見ている。
「……急にいなくなって悪かった。今、帰るから」
「いや、俺が先に出る」
「出流……」
立ち上がろうとする俺を制して、出流がベンチから離れる。
そのまま公園の外の闇へと消えて行った。
後でちゃんと礼を言わなきゃな。
そう思いながら出流を見送っていた俺に、響が少し緊張した声をかける。
「日辻先輩と、何を話していたんでしょうか?」。
「いや、響こそ、なんでここが分かったんだ?」
「――日辻先輩がメールで教えてくれました」
「あいつ、何時の間に……」
響が取り出して見せたスマホの画面に苦笑する。
本当にあいつは、どこまで勘がいいんだろう。
しかし響の顔は強張ったままだった。
「――先程の先輩の言葉なんですが、俺の勘違いでなければ……告白、と受け取ってもいいんでしょうか」
「……ああ」
響の言葉に一瞬怯みそうなるが、出流の言葉を思い出しはっきりと頷いた。
「だったら、今のは何ですか? ベンチに座って、日辻先輩と肩を寄せ合っていたようですが……」
「あれは……」
お前に引かれて落ち込んでいるところを慰めてもらっただけだ。
そう反論しようと考えた。
だけど、響の真剣な瞳に俺も真っ直ぐ言葉を返す。
「お前のことが一番大切だ。どうしても守りたいし、信じていたい……そう言ってたんだ」
「……聞こえてました」
「え?」
驚いてよくよく響を見れば、その瞳は僅かに潤んでいるようだった。
「響、お前……」
「文さん、と呼んでもいいですか?」
「ああ……」
響の顔が接近するのが見えた。
それと同時に重なる唇。
響との口づけは、酷く久しぶりで――まるで初めてのように感じられた。
優しく、乱暴に、甘く、強引に。
唇を奪い、吸い上げ、咥内を犯す。
俺もまた夢中でそれに応え、響の舌に自分の舌を絡めた。
息つく間も無い程、響と俺は唇から互いを求め合う。
暫くの間、公園に二人の絡み合う唾液の音が響いた。
「文さん……俺も、同じ、です」
唇が離れた時、響は途切れ途切れに俺に伝えた。
「俺も、文さんのことを……信じています。守りたいし……愛してます。俺ではない、別の誰かが文さんの隣にいるのは嫌なんです」
「響……」
「ねえ、文さん……」
響の言葉に打ち震えている俺の顔を、響はそっと覗き込んだ。
ふと、公園で何度も響と身体を重ねた時のことを思い出す。
けれども、響はふっと笑った。
「帰ってから……続きをしませんか?」
ベッドの上で改めて交わしたキスも、まるで初めてかのように甘く激しいものだった。
そのまま服を脱がせ合い、再び口づけを交わす。
それは互いの全身へと広がっていった。
「ぅ……っ」
響の口づけが首筋へと降りた瞬間、つい小さな声をあげる。
全身に快感が走る……つい、そんな気がして。
実際は、僅かな痛みを感じただけだったのだが。
「ここ……痣ができてますね。俺を庇った時に捻った……」
そんな俺の反応に気付かないフリをして、響はそこに優しく触れると再び入念にキスをする。
「ぁ……そこ、そんなに触れると……」
「――ここだけじゃ、ありません」
「ひ……っ」
首筋に口付けると、舌舐めずりをして響は笑う。
「文さんの全身に、たっぷり触れたい……」
「あ――ぁ」
首筋から耳の裏へと舌は動き、ゆるりと耳を愛撫する。
「ここも……ここだけじゃなくて、どこに触れても俺を感じるように……」
「ひゃ……あっ」
そのまま響は耳を甘噛みした。
一瞬、出流にされた時のことを思い出すがすぐに響はそれを上書きするように、首に、耳に、鼻に……全身に口づける。
手首にキスを落とし、指と指の間までしっかりと舌を這わせた。
俺も必死で響に口づけを返し触れようとするが、次第に響が与える感覚に溺れていってしまった。
「ぁ……あ、ひび、き……」
「文さん……」
初めての、行為のように思えた。
身体も、心も、全てが響を求めていた。
3ヵ月間のループの間、触れていなかったからだろうか。
その間、出流と共に過ごしていたからだろうか。
いや……互いに、こんなにも通じているからだろう。
俺は響のことを想って、響が望むことを全て受け入れたかった。
響は俺の全てを求め、愛したがっていた。
「ぁ……んっ、ひび、き、そろそろ……」
全身をたっぷり愛撫され昂らされ、限界に近づいた俺が悲痛な声で響を求めた。
「そうですね……俺も、もう……」
響は俺を抱き起すと、互いに正面を向いて座ったままの体勢になる。
そのままぎゅっと俺を抱き締めた。
「う、ん……」
響の熱いものが、俺に触れる。
響の腕の力が強くなればなるほど、その密着は増していく。
「ぁ……あ」
俺は我慢できずに腰を動かしそれを受け入れようとする。
響の方も密着を強め、俺の中へと突き進んでいく。
「文さん……」
「ふ……ぁ、あぁ……んっ!」
息が止まる程強く抱き締められるのと同時に、響を深く受け入れた。
「ぁ……あ、あ……っ」
待ち望んでいた身体は素直に反応し、入れられただけでびくびくと快楽を放った。
「あ……ごめ……ん」
「いえ……絞まって気持ちいいですよ」
先に達してしまったことに謝罪すると、響は首を振って優しく俺に口付ける。
「このままだと良すぎて俺もイきそうですから……少し、このままでもいいでしょうか?」
「う、ん……」
身体の中にある響の熱さがじんじんと全身に響き渡っていた。
響の心臓の動きに合わせどくどくと脈打ち、その度に俺の中に熱が広がる。
いつの間にか、俺は再び全身の興奮を取り戻していた。
「そろそろ……動いてもいいですか?」
俺の様子を確認した響が尋ねる。
「あぁ……」
羞恥に顔を伏せたまま頷くと、響は俺の腰に手を当てた。
「あ……ぁっ!」
そのまま俺から乱暴に引き抜くと、叩きつけるように深く貫く。
「ぁ……あぁっ、う……あっ、あぁあっ!」
今までの穏やかな密着が嘘だったかのように、その動きは激しく強烈に俺を穿つ。
「ひぁ……っ、ぁああっ、ひ……っ、あぁっ!」
耐え切れず全身を支配する快楽のまま腰を振り、響が貫いた瞬間、絶頂の快感を放つ。
「ぁ……あっ」
しかし響の動きは止まらなかった。
「ひぁ……っ、それ、キツ、い……」
「キツくしているのは、文さんの、方でしょう……?」
擦れた声で抗議すれば、同じく途切れ途切れに声が返ってくる。
その声に、響の方もいっぱいいっぱいなのだと言うことが分かった。
愛おしさが募り、もっともっと響を受け入れたくなる。
同時に、身体の深い所からぞくぞくと快感が湧きあがってきた。
「ぁ……っ、ひび、き……っ、俺、また……もう……っ」
「何度でも、気持ちよくなってください。俺も、何度でも愛してあげます」
「あぁっ、愛してっ、何度でも……っ、ひ、あぁあああああっ!」
その言葉通り、俺たちは何度も何度も愛し合った。
互いの気持ちを確かめ合う行為を、いつまでも繰り返した――
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