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第33話 6月24日 23:00 動き出す時間の中で
「出流、あのサイト、何とかならないか?」
それからも俺は、自分に出来ることを考え全力を尽くした。
響のため、出流のため、そして公演の成功のために。
以前俺が体験した“三ヶ月後”では、SNSのコメント欄が荒れ、公演の悪口が散見していた。
あそこを整理できれば少しは雰囲気が良くなるだろう。
「――だったらお前が何とかしろ」
出流はそう言うと俺を管理人に指名した。
劇団HPから『次回作脚本家兼管理人』と任命され、SNSで挨拶までさせられた。
結果、それはかなり良い方向で動き出した。
管理者ということで劇団の練習風景を日々アップしたり更新を続けていくと、SNSの雰囲気は目に見えて良くなってきた。
脚本家として俺は周知され、以前の俺の作品を知っている人の感想、次の芝居の期待で賑わった。
だけど、まだまだだ。
俺は練習の合間に何度か出流に掛け合って、前売りや当日券を買ってもらうための考えをしつこく提案した。
出流は煩そうにそれを聞いていたが、いくつかの案は採用してくれた。
『雨の日当日割引』『リピーター割引』などは、多少話題になった。
梅雨の合間だし、実際の公演ではかなり雨が降っていた。
これが活用されるといいんだけれども……
更には、前回まで劇団の脚本を担当していた元脚本家――以前、いや“三ヶ月後”、俺に対してあまりいい印象を持っていなかった相手――にも相談を持ちかけた。
相手はあまり俺とは話したくなさそうだったが、それでも食い下がった。
こいつは今回は投げ出したものの、あの出流の下でずっと脚本を書いていたのだ。
しかも、辞めることなくスタッフとして劇団に居続けている。
よっぽど芝居が好きじゃなきゃ出来ない事だ。
そう告げて口説き落とし、今までに受けた脚本の傾向を教えてもらった。
「そうだ、出流! そろそろパンフを作っておかなきゃいけないんじゃないか?」
山のようなチラシの挟み込みをさせられたことを思い出して声をかけると、出流は素案が書かれた紙を俺に押しつけた。
「――あとは、任せた」
「だと思ったよ!」
それだけ言うと去っていく出流の背中に声を投げつける。
けれども、こんな風に依頼されるってことは、信頼されてるってことなんだろうか……
そういえば出流は、以前より雰囲気が丸くなったような気がする。
先日始まった前売りが悪くないのも、その要因なのかもしれない。
「文さん、今日はもう帰るんですか?」
出流から受け取った紙を眺めていると、響が声をかけてきた。
「ああ、パンフの作成を任された……」
「なら一緒に帰りましょう。俺も今日は練習終わりです」
「じゃあ買い物して帰るか」
響と一緒に練習場を後にすると、スーパーに寄る。
卵や野菜を買って帰って、俺と響が交代で料理をした。
朝食の目玉焼きも交互に作っている。
相変わらず、2つに1つはどうしても失敗して潰してしまうのだけれども……
そして夜は二人で愛し合って眠る。
驚くほど順調に、時は流れていった。
やがて時は過ぎ――本番前日、6月24日がやって来た。
俺はノートとスマホに自分へのメッセージを書き残し、スマホをロックする。
「響――」
「何ですか、文さん?」
風呂からあがって柔軟体操中の響に声をかけると、すぐに立ち上がって俺の所に来てくれた。
「いや……何か、落ち着いてるなと思って」
「そうかもしれませんね」
こんな響は初めて見たような気がする。
いつも響は本番前には、どこか落ち着かなくて辛そうで、俺を求めてきた。
だけど、今は違う。
前売りの売り上げが良かったからだろうか。
それとも、今回の芝居に自信があるからだろうか。
「俺は……すごく、楽しみで仕方がないんです。今回の公演が」
俺の疑問に答えるように、響が告げる。
「演じたいし、見せたい。文さんにも、見て欲しい……」
「――ああ、俺も……見たい」
見たい。
それは、俺の心からの想いだった。
今まで繰り返した中でも、かつてない程の強さの願い。
今回は初めて、俺も、響も、そして出流も全力で一丸になって芝居を作り上げた。
だからこそ、見たい。
今までにないほど強くそう思う。
けれども、いつもならあと1時間もしない内に、俺は戻ってしまう。
ループ前の、3月20日に。
もう覚悟は決めていた。
何度繰り返そうとも、逆にこれが最後であろうとも、常に全力を尽くそうと。
だけど……
「……公演が、見たいな……」
その想いだけは拭いきれない。
それでも、俺はまだやることがある。
首をふると、響に提案した。
「公演が始まったら……いつもより少し早くに劇場に行こう。確認したいこともあるし」
「分かりました」
「特に千秋楽は、1時間早く出るから……付き合ってくれるか」
「分かりました、1時間前ですね」
仮に俺が今の俺でなくなったとしても、こうやって言っておけばいつもより早くに出るだろう。
だけど、それだけじゃ足りない。
素直に頷く響の前で、本題を切り出した。
「で、さ。響――俺、最近よく夢を見るんだ」
「夢?」
多少オブラートに包んで、だけど率直に。
「3月28日の朝、お前が事故に遭う夢。ほら、駅前の交差点――前にも、お前がトラックと接触しそうになった所」
「……文さんが助けてくれた場所ですね」
響は感慨深げに呟く。
「そう。だから……気を付けてくれ。特に信号無視のトラックとか。絶対に……頼む」
「心配性ですね」
真剣に語る俺を見て、響は小さく笑う。
しかしすぐに真顔になって、俺の方に両手を差し伸べた。
手で俺の両頬を挟むようにして、じっと俺の瞳を見つめる。
「――貴方を不安にさせるような真似はしません」
「……ああ。絶対だ」
これで、俺がやるべき事は全て終わった。
ほっとして脱力する俺を、響は間近でじっと見つめていた。
相変わらず俺の頬は響に挟まれている。
不安定なまま見つめ合っていると、ふいに響の顔が接近した。
「ん……」
優しいくせに強引な口づけが俺の言葉と思考を奪い去る。
「文さんがいけないんですよ。そんな風に、俺を誘うから……」
「俺は、別に……」
そんな言葉を囁きながら、ソファーの上に俺を押し倒した。
「あ、ちょ、ここじゃなくてベッドで……」
「駄目です。俺が待てません」
思わずそう抗議するが、響は聞き入れない。
性急に俺の服を剥がすと、より深くまで求めてくる。
……また、最中に意識が飛ぶんだろうか。
響を受け入れながら、ふと切なくなる。
いつもはベッドで気が付くんだけど、今回はソファーか……驚くかな、“3ヶ月前”の俺は。
「ぁ……あっ、響ぃ……っ!」
「文さん……文さん!」
次第にそんな思考などどこかに行ってしまって、ひたすら響を求めるだけの愛しい時間が続いた。
「ひぁ……っ、やっ、それ、恥ずかし……っ」
「もっと恥ずかしくしてあげますよ」
ソファーに俺の上半身をもたれかけさせ、下半身を大きく広げさせられた。
そのまま、情けないほど興奮している俺の欲望に響は愛おしそうに口づけ、舌を這わせる。
その綺麗な顔と行為のギャップ、与えられる快楽に息が止まりそうになる。
「ん……っ、ぅ、う……っ」
いやらしく蠢くその舌に我を忘れ、腰を震わせ快感を受け入れる。
「ぅ……ぁ、も、う……っ、あぁ……っ!」
俺が吐き出した快楽を響は口で受け止め、微笑む。
いつもの優雅な笑みとは違う、被虐的な笑み。
「次は……文さんの番ですね」
「ぁ……あ」
それから俺は、口で、全身のあらゆる所で響を受け入れ、愛し合った。
過去も未来も全て忘れて。
そして響と共に何度目かの絶頂を迎え、抱き合いながら眠って――
「え……!」
気付いたら、朝だった。
「え……え?」
スマホを見ると、6月25日の6時。
周囲を見渡せば見慣れた響のリビングで、何より俺の隣には響がいた。
「いたた……」
身体を起こそうとすると、全身がずきりと痛んだ。
ソファーで無理矢理二人で眠ったからだろう。
もしかすると昨夜のあれこれがたたったのかもしれない。
けれども、そんなことよりも。
「“今”にいる――」
昨日の次の、今日にいる。
そんな当たり前の事実を前に、驚きと感動で打ち震えていた。
「やった、やった……!」
何度、3月20日から6月24日までの3ヶ月を繰り返したことだろう。
やっとたどり着いた6月25日は響が事故に遭った、出流と一緒にいる未来だった。
だけど、今回は違う。
今度こそ、俺は、3ヶ月の延長線上の今に来ることができた!
何故なのかは分からない。
けれども気を抜かず、俺は自分のできることをやり切るだけだ。
そして、響を助ける――
そう決意すると、隣で眠っている響に手を伸ばした。
「響――起きろ。朝だ。本番の朝だ!」
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