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第34話 6月25日 13:30 三周目の初日

「ほ、本日は劇団『響演』第10回公演にようこそいらっしゃいました!」  劇場のロビーに居並ぶ観客を前に、何故か俺は震える声で挨拶をしていた。  その言葉を引き継ぐように、俺の隣に立った響が流暢に話を続ける。 「今回は、脚本担当の信良木文、主演を務めさせていただきます八王子響、そして演出の日辻出流が劇団を代表して挨拶をさせていただきます」 「まあ――俺が言うべき事はもう全部言われちまったけどな」  俺の右隣に立った出流はそう話を引き継ぎ、観客の間には笑い声と共に和やかな空気が流れた。  発端は、出流の一言だった。 「今日の挨拶は――お前がやれ」 「は!?」  朝早くから劇場であれこれ作業をしていた俺を捕まえて告げた出流の第一声がそれだった。 「い、や、でも普通は響だろ。いや出流でもいいじゃないか?」 「今回注目されているのはお前の脚本だ。だったら早く顔を見せて挨拶するのが礼儀だろ」 「いやいやいや、俺は人の前に出るつもりはなかったし! なあ響!」 「いいじゃありませんか? 文さんはとても頑張ってくださったのですから」  響に助けを求めるが、こいつは既に俺の味方ではなかった。 「いや、けど、観客が納得しない……」 「そんなことありませんよ」 「でも少しでも観客満足度を考えれば俺じゃない方が」 「難しいなら俺も一緒に出る」  どうしても首を縦に振らない俺に業を煮やしたのか、出流が身を乗り出す。 「……だったら俺もご一緒します」  何故か張り合うように響も笑顔で俺の腕を取り、結果、俺たち三人で会場の挨拶をすることになったのだ。  そしてまもなく開幕。  俺は照明室に入れてもらってその時を待つ。  少しでも多くの観客に見てもらいたかったからだ。  会場全体には、響の作った音楽が流れていた。  それが次第に高まり、証明が落ちていく。 「――何度でも、愛してる」  芝居が、始まった。  俺と響、そして出流が創り上げた全く新しい芝居が。  何度も、何度も何度も見てきた。  繰り返す世界でこの芝居の原型を。  そしてこの世界でも、練習で出来上がっていく過程を全て。  けれども、やっぱり本番の舞台は別物だった。  練習と準備がこの公演ひとつに全て収束されていくように、今までのループも全てこの一瞬のためにあったのではないだろうか――  そんな気さえしてくる。  いや、俺がそうしたんだ。  繰り返す世界で経験したこと全てを、今この時に生かすために。  そんな興奮も一瞬のこと。  俺はいつしか舞台に全ての意識を奪われていた。  見たかった。  ずっとずっと、この芝居を。  何度も何度も繰り返しては創り上げていった、たったひとつのこの芝居を――  ……観客の反応は、過去最高と言ってもいいほどの盛り上がりだった。  とはいえ、まだ一回目。  公演はこれからだ。  一回目の昼公演が終わるとその余韻に浸る間もなく次の舞台の準備にかかった。  夜の公演も滞りなく終わり、全員が満足した倦怠感の中に浸っている時、俺は家から準備してきたものをクーラーボックスから取り出した。 「お疲れ様! これ、よかったら間食にどうだ?」  それは、朝、響のマンションで作っておいたサンドイッチだった。 「え……いいんですか!?」 「信良木先輩……女子力高!」  団員たちは喜んで我先にと手を伸ばしてくれた。  そう、俺は知っていた。  一番最初にこの時間に来た時に、響たちは差し入れのお菓子しかなくて、ろくに夕食を食べられなかったことを。  そう考えて何か軽く食べられるものをと用意してきたのだ。 「出流、お前も食わないか?」 「別に俺は……」 「昼から何も食べてないだろ? まさか朝も食べてないとか言わないよな?」 「……」 「食え! いいから食え!」  押し黙る出流にもサンドイッチを押し付けた。  出流は観客からのアンケートから目を離さなかったが、握らされたタマゴサンドは黙ったまま口にした。  その後も、俺の知っている本番当日に比べると少しずつ変化はあった。  だがそれらは全て、劇団や響にとって良い流ればかりだった。  響の作ったBGMは好評のため、劇団HPから配信されることになった。  チケットの売れ行きは好調で。最終日には立見席も作られることになった。  全てが順調に進み――いよいよ、千秋楽を迎えることになった。

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