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第38話 文――終点の先

(――そうだ、何度でも、愛してる)  理を打ち砕くように呟いたのは、俺か、響か――あるいは両方か。  俺と響がバラバラになってそしてひとつになった時、俺はようやく理解した。  このループの仕組みを。  なんとなく気づいてはいた。  昨日の夜……いや、もっと前から。  出流の所にいた時に、響は事故に遭う直前に俺のことを「文さん」と呼んだ。  俺のことを「先輩」と呼ぶはずの響が。  最後の数ページが破られたノート。  決して、俺を交差点に行かせまいとする響の行動。  本当に、俺たちは終わりのないゲームを繰り返していたんだ。  響が死ねば、俺は3月20日に戻る。  響も3月20日に戻るが、音楽以外の記憶を無くしている。  俺が死ねば、俺は6月25日に戻る。  響は27日、事故の前夜に戻る。  きっとこれは、それぞれが思い定めた特異点の場所。  それぞれが必要とする情報を持って、相手が死なないように守ろうとする。  何故か、潰れた目玉焼きを思い出した。  それと同じように、潰れた自分達も。  俺たちは互いに庇い合い、相手が死ねば巻き戻し合っていた。  おそらく、最初は世界の理の音楽を聞いた響が。  そしてその曲を聞いた俺も。  いや、もう既に響が先なのか俺が先なのかも分からない。  どこかで聞いたことのあるような、ついさっきまで聞いていたような、芝居にも使った響の曲を思い出す。  いや、その曲は実際に流れていた。  その世界のBGMのように、ごく自然に。  そうだ、俺と響は今一つになっていた。  だから、聞こえるんだ。  だけど――  俺は再び心に強く願う。  響を、守りたい。  そのために、全力を尽くすと誓った。  理を超えるほど強い想いで。  何度でも、愛してる――  そのために。  俺は、これまでとは違う選択肢を実行した。  ふいに世界が歪んだ。  音楽が消えた。  完全なる無音。 (ループ時だけは完全に無音にすることでその異常性を表現できるだろう)  ふと、芝居の相談をしていた出流の言葉を思い出す。  俺の頭の中に、いくつもの言葉が浮かんでは消えた。 (俺の欠片がいくつにも千切れて四散した) (背筋が凍えるような轟音を耳にした) (必ず一人が、死ぬ)  だったら――二人なら?  どんなに繰り返しても必ず修正されるほどの強い理。  俺を、響を、あるいは出流をもその毒牙にかけるほどの強固な意志。  なら、二人が死んだ場合は?  理は、それを受け入れることができるだろうか――  賭けだった。  だけどこのままでは響は俺を守るために死に続ける。  俺だってきっと同じことをするだろう。  お互いを庇い、守りたいが故に。  なら、それを超えなければ。  何度だって――  ――急激に、音が戻ってきた。  俺たちの後ろで轟音が響いた。 「――あ」 「……う、ぅ……」  俺と響は絡み合うようにして道路に転がっていた。  後方には、不自然な位置に止まったトラック。  はっと顔をあげると、唖然とした響の顔があった。  俺たちは、生きている?  いや、今は――いつだ?  無我夢中で顔をあげると、そこに見えたのは――  ――桜。  ということは今は3月20日。  また、繰り返すのか?  いつ終わるともしれないあの日々を。 「……いや、構わない」  一瞬浮かんだ落胆を打ち消すように、俺は呟いた。 「何度でも、愛して……」 「ええ、何度でも、愛してます」  俺の言葉に、響の言葉が重なった。  ――その瞬間、再び世界が歪んだ。  ひらりと散った桜に向かって、一粒の水滴が落ちてくる。  水滴に当たった花弁は粉々に四散した。 「……え?」  水滴は次々と落下し、気づけば酷い雨の中にいた。  響と共に、道路に転がったままの状態で。 「え……」  後ろでは轟音を響かせながらトラックが走り去っていった。  それ以外に音はなく、周囲には車も人もいなかった。  これは、雨?  ということは、今は6月?  千秋楽のあの日?  よくよく見れば、俺も響も傷だらけだった。  しかも、それぞれ違う場所を負傷していた。  まるで一つの大怪我をふたりで分け合うように。 「――越えた、のか?」 「……分かりません、でも……」  俺は傷だらけの手を響の方に延ばすと、響は黙ってその手を取り、俺を抱き締めた。 「たとえどれだけ繰り返そうとも、明日で全てが終わろうとも、何度でも……」 「ああ、何度でも」  それ以上、言葉はいらなかった。  抱きあった俺たちの上に、止む事の無く雨が降り注ぐ。  まるで時の流れのように――

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