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『兄弟』

7月の熱帯夜 黒田家に家族が増えた 悪阻の重かった2人目は、その誕生も20時間を超える難産だった 余程居心地が良かったのかどれだけいきんでも腹から出てこようとしないのだ いつまでも終わらない痛みに飛びそうになる意識を看護師さんと達郎さんの励ましの声で必死に繋ぎ止め、なんとか出産した どれだけ苦しめられても我が子は可愛かった 体力を使い果たし動けない僕の代わりに抱いた達郎さんの腕の中で顔をくしゃくしゃにして泣く我が子を見て、やはり歓喜の涙が流れたのだ 2人目も男の子で『(のぞむ)』と名付けられた 「ぱっぱー!」 病室に駆け込んでくる新 出産前後しばらく会えなかったからか、新は半泣きで僕に抱きつくと離れようとしなかった 「会いたかった」 寂しかったのは僕も同じだ 僕に抱きつく新を強く抱きしめ返すと、目頭が熱くなった 僕の入院中に達郎さんとしたことを拙い言葉で話してくれる新との会話を楽しんでいると、あっという間に面会終了の時間になった 「新、パパもう少ししたら赤ちゃんと一緒に帰るから。あと少し待っててね」 「やあ!」 案の定泣き出した新は達郎さんの腕の中で暴れながら連れて帰られていった 我慢させている現状に胸が痛む 「ただいま」 「おかえり」 「新は?」 「頑張ってたけどさっき寝た」 早く新に会って甘えさせてあげたい一心で、退院を許可されすぐに荷物をまとめタクシーに乗り込んだが家に着いた時には新はもう夢の中だった 明日の朝、驚かしてやろうと気持ちよさそうに眠る新の頭を撫でて僕も眠りにつく 翌朝、驚かされたのは僕の方だった 劈くような泣き声が聞こえ勢いよく体を起こす 隣で寝ていたはずの新と達郎さん、ベビーベッドに寝かせていた望も居らず慌てて泣き声の聞こえるリビングに向かった 「どうしたの!」 泣きじゃくる新が僕の胸の中に飛び込んでくる 引き付けを起こすように激しく泣く新の背中を撫でてやると少しずつ落ち着いてきた 「新、望に嫉妬してるみたいでさ。最初は様子見てたけど望に手を上げようとしたから叱ったら大泣き」 そう言う達郎さんの腕の中にはふえふえと泣く望 まだ幼い新にとって、望は突然現れ両親を奪う異質な存在でしかないのだ その後新に弟について話したり、一緒に望と関わったりしたが結果は惨敗 新は僕らが望に構う姿を見ただけで癇癪を起こすようになった 望との関わりを新に見せないようにしつつ、新との時間を作る 新生児の育児をしながらそう配慮するのは正直厳しかった 新と望は一生仲良くなれないのだろうか その日は望の夜泣きでほとんど夜も眠れず迎えた朝だった 達郎さんを送り出し、寝不足で重たい体で新と望の世話をし新と遊ぶ あっという間に体力は尽き、新と望を昼寝のために寝かしつけていると気付けば自分も眠りについていた 「ふええええっ」 思ったより深く眠りについてしまい、望の泣き声に起こされる 慌てて望を抱き上げようと体を起こし、目に飛び込んできた光景に言葉を失った 新が泣いている望の体をトントンと優しく叩いているのだ 僕と達郎さんが新にそうするように、新は一人で泣いていた望を小さな手で精一杯慰めていた 「っ、」 涙が溢れて声が出なかった 震える体で新と望の側に行き、新のことを抱きしめる 今は、今だけは 泣いている望を優先することは出来なかった 「ぱっぱ!」 僕に抱きしめられていることに気づいた新が嬉しそうに手を伸ばしてくる 「可愛いね、新。望、新の弟だよ。まだ小さくて泣くことしか出来ないんだ。パパたちの代わりに優しくしてくれてありがとう。新、パパと(とと)は新のこと大好きだからね」 幼い新に理解は難しいだろう それでも伝えたかった 嫌いな相手でも慰められる優しい心を持つ我が子に、ありったけの想いを その想いが伝わったのかは分からないが、新は次第に望に攻撃的な態度を取らなくなり僕らが望を世話をしても癇癪を起こさなくなった まだ望に興味はなく進んで関わろうとはしないが、一緒に遊べる日もそう遠くない気がする 僕らの知らないところで成長していく息子にまた泣かされる日がきっと来るはずだ

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