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焼け石に肉 2
「おっと。芦見 ちゃんのお気にさんだ。マヨくん、任せた」
俺の背中を押し、柳さんはキッチンへと引っ込む。
……ちなみに芦見ちゃんは、俺がいない間に入ったホールのバイトの女子高生。この店に似合わないくらい元気でハツラツとしていて、いるだけでその場が明るくなるような子だ。
俺と同じイケメン好きだけど、芦見ちゃんの場合はもっとミーハーっぽくって可愛らしい。
ついでに言うと「マヨ」は俺のあだ名で、大守さんが「間宵」という名字を略して突然呼び始めた。それを柳さんも真似していつの間にか呼んでいた。同じように柳さんのことをは「ヤナ」と呼ぶのに、芦見ちゃんのことは「芦見さん」と呼ぶ大守さんの基準はよくわからない。
そんな芦見ちゃんのお気に入りのお客さんが、今入ってきたクライスさん。
普段から柳さんは「イケメン怖い」と言ってあまり近寄らないので、芦見ちゃんがいない時は主に俺が接客担当になる。
「いらっしゃいませ」
「やあ、睦月くん。いい夜だね」
「そうですね、クライスさん」
軽く片手を上げて応じてくれたクライスさんを定位置となっている奥の席へ通す。
名前をクライス・ベルロングさん。金髪碧眼でわかりやすいイケメン。いや、格好いい人といった方が正しいかもしれない。
崩したスーツ姿は余裕のある大人っぷりで嫌味がない。
店長には失礼だけど、もっと高級レストランとか渋いバーで飲むのが似合っていると思う、そんな人。
だけど本人には気取ったところがなく、俺たち店の人間にも優しい。
「いつもので」
「かしこまりました」
そんな注文が通るのもうちの店の特徴。
クライスさんのいつものオーダーは、オーガニックサラダとブルーレアのステーキ。
クライスさんが頼んで初めて知ったけれど、焼き加減には「レア」「ミディアム」「ウェルダン」以外にも種類があって、レアよりもより生に近いのがブルーレアというらしい。
俺みたいな凡人からしたら、肉はよく焼いた方が旨いと思うけど、グルメな人は一周してそういうところに行き着くのだろうか。
生に近いけれどただの生じゃないそれは、よっぽどお肉が良質でシェフの腕を信頼していないと頼めないらしく、そのおかげでクライスさんはこの店を愛用してくれている。
そうでもなきゃきっと俺なんかとは出会わない種類の人だろう。前に聞いた話では、ホストクラブを何店も経営しているとかなんとか。
……そうか。しっかりと経済力があるイケメンってこういう人のことを言うのか。
そう思えば、改めて実際目の前に現れるとどれだけ縁遠い類の人なのかわかる。
いや、家に帰ればヒバリさんがいる今の生活もだいぶ幸せではあるんだけど。現実味のなさはどっちもどっちだ。
「はいよ、クールガイセットあがり」
そんな益体もない考えを断ち切るように、大守さんの声が響く。
クライスさんの「いつもの」は店長の中ではそう認識されているらしい。
そしていつものことだけど、大守さんの作るものは本当に食欲を掻き立てる匂いがする。熱心に通ってくれるお客さんが多いはずだ。
今は空いているけれど、混む時はお断りしなければならないほど混むし、その波がわかりづらいのがこの店の特徴でもある。
「お待たせいたしました、ヒレステーキとオーガニックサラダです」
「ありがとう」
「ごゆっくりどうぞ」
メニューはあるけれどメニューにないものを頼まれることも多いこの店は、なんとなくどこか異国の大衆食堂感が強いのだけど、クライスさんの雰囲気がそうさせるのかまるで晩餐会のような食事風景だ。
食べ姿も優雅で、長いテーブルとたくさんの召使がいた方が自然に見える。
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