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焼け石に肉 4
帰り方が帰り方なので、いつもと違って足取りの重い帰路。
「ただいま」
辿り着いた我が家のドアを開けて中に声をかけつつ靴を脱ぐ。大守さんが気遣ってくれたのはわかるけど、あれこれのミスにはやっぱり落ち込むからさすがに駆け込む元気はない。
それでも俺の声に張りがなかったからか、中に入るとヒバリさんがソファー越しにこっちを見ていた。
「なんだよ、はえーな。倒れでもしたか?」
「え、なんでわかるんですか。……はっ、もしかしてヒバリさん、俺の頭の中……」
「読めねーよ。そんな青白い顔してこんな時間に帰ってくるってことは、貧血でも起こして帰らされたってとこだろ」
吸血鬼の知られざる力でもあるんだろうかと訝しむ俺に、ヒバリさんが面倒そうにつっこんでくる。
「ええ……? 図星だし、顔がいいし、昨日と違うゲーム見えてるし色んな意味で倒れそう」
「やばいのか余裕あるのかどっちだよ」
どんなに元気がなくてもヒバリさんの顔を見て言葉が溢れ出してくる俺に、呆れながらソファーを乗り越え近づいてきたヒバリさん。ぜひガードレールで再現してほしいかっこいい飛び越え方だとうっとりしていたら、その綺麗な顔が俺の前に立つなり歪んだ。
「ん?」
「……なんかいけすかねー匂いがする」
しかめ面をしてもかっこいいヒバリさんは、くんっと鼻を鳴らして低い声で呻く。
たまに料理に入っているガーリックの匂いに反応することはあるけれど、今日はそういう料理はなかったはず。
思い返すのに腕を組んで考え込む前に、すぐに心当たりを見つけた。もしかしてクライスさんのコロンだろうか。むしろ匂いと言ったらそれくらいしか思いつかない。
あれはすごく甘くていい匂いだった。コロンなんて詳しくないからどんな名前の匂いなのかさっぱりわからないけど、ある意味キザな匂いではあるかもしれない。抱き止められた時にそれが移ったのだろうか。
ただ指摘されるほど匂いがするだろうかと袖やシャツを嗅いでいると、突然腕を掴まれた。
「なにやってんだよ、店で切ったのか?」
見咎められたのは指先の絆創膏。
ヒバリさんは俺が傷を作ることにうるさい。どんな小さな傷でもすぐ発見してしまう。少量でも血の匂いがするんだとか。
これぐらいなら気づかれないかと思っていたけれど、俺の考えが甘かったらしい。
「あ、ああ、ちょっとガラスで」
「ばぁか。俺の体を軽々しく傷つけんじゃねぇよ」
怒られたことよりも何気なく飛び出した「俺の体」という言葉に危うくときめきそうになった。もちろんそういう意味じゃないことはわかるから跳ねた心臓を押さえる。
たぶん俺はこういうちょろさのせいでまともな男運に見放されているんだと思う。
「あーもったいないなぁ俺の血……」
浮つく俺をよそに、指から無理やり絆創膏を剥がしたヒバリさんは、そのまま蛇口の下に引っ張っていって水で傷口を洗い流しだした。
しみじみとした呟きが本音すぎる。まあもともと隠してなんかいないけれど、俺の怪我を心配する理由が優しさじゃないのがなんとも。
そうして若干乱暴な手つきで流し終えたヒバリさんは、今度は俺の指を明かりに照らすように持ち上げ傷を検分する。俺と言う人ではなく、自分の持ち物としての扱いだ。
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