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焼け石に肉 5
「なんだ、ほとんど塞がってんじゃん」
「だからちょっとだけだって……」
「まあいいや」
「あっ」
うっすらと線を残すだけの傷を確認してから、ヒバリさんはそのまま俺の指をぱくりと咥えた。奇しくもクライスさんと同じ行動だけど、相手が違えば意味合いも感じ方も違う。
なによりすぐに離してくれたあの時と違って、ヒバリさんは執拗に傷口に舌を這わせてきた。
吸血鬼の唾液に触れた相手を気持ちよくさせる作用と血止めの作用が含まれているらしいということは、何度か噛まれた後に聞いた。
だからそのつもりで舐めてくれているんだろうけど、傷のある指先を口に含まれ舐められるのがどういう感覚をもたらすのか。
くすぐったいなんて可愛いものじゃないぞくぞくが指先から伝わってくる。
なによりビジュアルがとてもまずい。
俺の好きな顔が、俺の指を執拗に舐めしゃぶってるんだ。こんなのセクシャルな意味に捉えない方が難しい。
本来ならこのまま嬉しい展開に流れるんだけど、ヒバリさん相手にそうなった試しは一度もない。
「……あっ」
それでもその視覚情報は俺の体を反応させるには十分。かくん、と膝が折れて、倒れそうになったところをヒバリさんの腕が腰に回ってきて止められた。
見た目も生活も筋肉とは無縁そうだけど、吸血鬼だからかヒバリさんは意外と力強い。体格にそう違いはないのに、たぶん力じゃ俺は敵わないだろう。
情けなくもくずおれそうになった俺を軽々受け止め、ヒバリさんはまた呆れた表情に戻った。
「言ったろ。だから昨日ダメだって」
どうやらまた俺が貧血を起こしたと思ったらしい。
その言い方や呆気なく指を離したことからして、ヒバリさんには本当にそういう意図はなかったようだ。まるで俺一人が盛ってるみたいな状態だけど、むしろヒバリさんがピュアすぎるんじゃないか。……いや、それほどまでに俺が性的な対象に入っていないのか。
またもやさっきのクライスさんと同じような状況だと言うのに、ときめけないのが寂しい。
「いや、今のは」
「座れ」
そして勘違いしたままのヒバリさんは、俺の釈明を聞かずに傍のイスを指し示す。
駅から少し離れている分、1LDKにしてはお安く広いこの家には、キッチンと別にリビングダイニングがある。
空間を分けるためにソファーで仕切ってテレビのある方がリビングとしていて、大体ヒバリさんはいつもここでだらだらしている。朝は寝室にしている隣の部屋で遮光カーテンを閉め切って寝ているんだ。
風呂とトイレを囲むコの字型の部屋配置はなかなか珍しいと思う。
で、主に俺の居場所になっているのがダイニング側の小さなテーブル。見ればそこに見慣れぬボトルが置いてある。
とりあえず大人しく座った俺を前にそのボトルに手を伸ばしたヒバリさんは、中からラムネみたいなものを4粒ほど取り出してから1粒摘んだ。
「ほら口開けろ。あーん」
「あ、あーん」
ヒバリさんからの「あーん」が嬉しいような、色気がなくて悲しいような。複雑な気持ちを抱えながら口を開けると、ぽいぽいとそれを投げ込まれた。ためらいよりも容赦がない。ヒナにエサをあげる親鳥のイメージとして見れば少しは平和的だろうか。
「噛め。噛み砕け。存分に補給しろ」
「……鉄分のサプリメント?」
ほのかなベリー味のそれをばりばりと噛み砕きながら、改めてそのボトルに目をやる。
薬局とかコンビニとかに売っているようなサプリメント。問題なのは、元々家にはそんなものなかったということ。
「え、わざわざ買ってくれたんですか?」
「絶対貧血になると思ったからな」
なかったものがあるということは、買ったということだ。他のものと同じように、ヒバリさんが知らないうちに。ただいつもと違うのは、それがヒバリさんのためのものじゃないということ。
回り回ってヒバリさんのためになるんだとしても、俺のことを気遣ってくれたなんて嬉しすぎる。たとえ全部が俺の支払いだとしても、その気持ちだけで簡単に有頂天になれる。
「全部食べます!」
「適量を守れ」
感動してボトルを抱え込む俺に、ヒバリさんが真っ当につっこむ。ものすごく冷たい目で見られた。
早いところ貧血を直そうと思っただけなのに、なにもそこまで全身で呆れ果てなくても。
なんだか俺のせいでヒバリさんのつっこみスキルがめきめき上がってしまっている気がする。
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