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焼け石に肉 8
「ん……むぅ」
両手で顔を包まれ、その綺麗な顔が近づいてきたと思った次の瞬間、冷たい舌が滑り込んできた。
予想外のことに戸惑う俺の舌を絡めるようにして吸い上げ、ぬめった音を響かせる。
「んっ……ん」
血を吸われる時とは違う、緩やかに痺れるような感覚。急速に快感に溺れられない分、じわじわと熱が上がっていく気持ち良さが忍び寄ってくる。
「は、ふ……」
「終わり」
何度か角度を変えて口の中をすっかりと舐め回されてやっと、ヒバリさんの顔が離れていった。
吸血の時とは違って、ほんの少しだけ色づいた瞳が色っぽい。魅入られるような綺麗さだ。
「ん、と、今のは……?」
突然の熱烈な口づけは、深くて気持ち良かったけれど、セクシャルな意味に取るには少し足りない。なによりなんの余韻もなく離れられてしまった。ベッドは遠い。
「血の代わりの補給」
「え、それって血じゃなくてもいいんですか?」
「比べ物にはなんねーけどな。一応、血だけじゃなくて他の体液でも賄える」
「たいえき……ですか」
「……厳密に言うと俺らみたいなのが吸ってるのは、『存在するためのエネルギー』で、それが一番濃いのが血液だからな。だからまあ、唾液ならおやつ程度ってとこだ」
体調不良で帰ってきたはずの俺があんまりにもしつこいから、違う手を使って補給したらしい。求められていたのは唇ではなく唾液だった。色っぽい意味じゃないんだろうと元から期待はしなかったけど、とことんすかされる。
しかもそんなの初めて聞いた。血液じゃなくても少しは力になるのか。
「今日はこれで終わり。早く寝ろ」
「……は、はい」
言ってヒバリさんはまたソファーに戻ってしまった。ポーズをかけたままのゲームを再開させて、全身で「もう寝ろ」と訴えてくる。
そんなヒバリさんをぼうっと見つめて、それから濡れたままの唇に触れた。
せっかくのヒバリさんとのディープキスは、やっぱり先に繋がらず、解消されない欲求が残っている。
どんなに優しくしてくれたとしても、結局俺たちは吸血鬼とエサで。
覚めないもどかしい夢のようなこの状態から目を醒ますためには、改めてちゃんと相手をしてくれる人を探さないといけないなと思わされてしまった。
セフレよりも、必要なのはやっぱりちゃんとした恋人だろうか。
……とりあえず一旦寝てリセットしようとは思うけど。
寝るのは抜けた腰が戻ってからでいいですか。
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