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魚心あればときめく心 1

「おはようございます」 「おー、体大丈夫か? 怪我は?」  次の日、店に出勤した俺に仕込みを始めていた大守さんがキッチンから顔を覗かせる。  レストラン「アラカルトは」昼の部が11時半から14時半、アイドルタイムを挟んで夜の部17時から22時の営業となっている。ちなみに定休日は水曜。  基本俺は終日で、柳さんは日によって、というか授業によって入れるタイミングが違い、芦見ちゃんは祝日と夜の部にバイトに入っている。  俺の出勤時間は大体開店の一時間前。一応ホール担当ではあるけれど、必要な時は料理の補助もやるし洗い場も担当するし、お金の管理も委ねられている。料理に専念したい大守さんのその他を担当するというなんでも屋の面が多い。  そこまでやっても仕入れのルートが多方面に渡っていたり仕入れ値が安価すぎたり、客単価もまちまちで法則がなかったりとこの店には謎が多い。お給料もこういう仕事にしてはたぶんだいぶ多めで、色んな意味でこのお店がなかったら俺は路頭に迷っていたと思う。  ヒバリさんに貢げるのはこの仕事のおかげだ。 「大丈夫です。指も治ってます」 「ならいいけど」  元々深い傷ではなかったけれど、ヒバリさんのおかげで跡もなく治っている指を見せながら元気のアピール。  朝にヒバリさんが買ってくれた鉄分のサプリも食べてきたし、気力も満タンだ。 「昨日はご迷惑おかけしました」 「迷惑じゃなくて心配、だな。かけられたのは」  完全に自業自得の体調不良で迷惑をかけたというのに、大守さんはそんな言葉とともに肩をすくめた。 「まあ戻ってきた時よりかはマシになったけど、まだまだ細いからちゃんと食えよ」  そう言って差し出されたのは、ローストビーフの切れ端と野菜たっぷりのローストビーフサンド。開店用意前の栄養と鉄分補給をさせてくれるらしい。 「わあ、いただきます! 食べたら掃除してきますね!」 「レジ金の準備もヨロ」  高校の時からアルバイトをしていたからか、ある程度俺のことを知っている大守さんはまるで兄のように心配をしてくれる。  でもそれは俺だけじゃなくて、みんなに対してそういう人だから、恩返しとして特殊な仕入れ先の確保をしてくれたり口コミでお店を広めてくれたりするらしい。  そのおかげで俺もヒバリさんのために、ニンニク抜きのあれこれを普通に頼める。  なんとも素敵な職場だ。  そしてローストビーフサンドがとてもおいしい。正式なメニューじゃないけど、ランチにはちょうど良さそうだしメニューに入れたらいいのに。 「あ、そうだ。心配と言えば、これ」 「……名刺?」 「昨日渡された。心配だから平気だったら電話してくれだと」  同じようにローストビーフの切れ端を口の中に放り込んでいた大守さんから渡されたのは、クライスさんの名刺だった。  名前と電話番号だけが書かれたシンプルな名刺には、逆に「コール・ミー」の強い意志を感じる。それしか印刷されていない分、手書きよりも圧が強い気がする。 「でもまあ、また店に来るだろうし、顔見せればそれで伝わるだろうから、かけるかどうかは好きにしな」  一応従業員と客というよりかは個人的な連絡になりそうだからか、大守さんがそんな言い方をしてくれる。でも電話しないとそれはそれで余計な心配をかけるんじゃないだろうか。  とりあえずお腹を満たしてから掃除の前に一度電話をかけてみたけれど出なかったので留守電にお詫びとお礼を残しておいた。  その返事の電話が返ってきたのは、ランチが終わり、一度店を閉めて夜の部の用意に取り掛かった時間だった。

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