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魚心あればときめく心 3
「なんか、店以外で会うと変な感じしますね」
「そういえば店以外での格好を見るのは初めてだな」
待ち合わせ場所に車でやってきたクライスさんは、アラカルトに来る時とは少し違ってカジュアルだけどオシャレな格好だった。
乗ってと言われて助手席にお邪魔すると、途端に緊張してきた。
よく見れば髪型も微妙に違うし、ドレスコードとかあるお店なのだろうか。一応ジャケットは着ているから入れるとは思うけど。
「大丈夫ですかね……?」
「うん、とても可愛いよ」
急に心配になって自分の格好を見回す俺に、クライスさんは朗らかに笑いながらそんなことを言う。
「かっ、可愛いっていうのはさすがにからかわれてるってわかります」
「おや? よく言われるかと思ったけど」
素知らぬ顔でうそぶかれて、どう反応していいものか困ってしまう。
元から気軽に話しかけられたりナチュラルに名前で呼ばれたり、そういうのが自然とできる人だという認識はあった。だけどそれがそういう方向で自分に向けられると慣れていないせいで動揺してしまうんだ。もっと軽く対応できればいいんだけど、たぶん相手が悪い。
「ありがとう、今日は付き合ってくれて」
「いえ、こちらこそお誘いありがとうございました。あの、でも、本当に元気ですから」
「うん、顔色も良さそうで良かったよ。今日はどちらかというと、僕のわがままでね。睦月くんとは一度食事したかったんだ」
どうやらクライスさんは人を喜ばせるトークが得意らしい。見習わなければ。
……ちなみにヒバリさんには「友達とご飯を食べてくる」と言って出てきた。
「飯食うような友達なんかいんの?」とさらりとひどいことを言われたけれど、ぶっちゃけ図星だし、だから友達というのも嘘だし、しどろもどろになった感は否めない。
ただそれほど興味はなかったみたいで、「通り魔には気を付けろよ。俺の血を無駄にすんな」という物騒なお見送りの言葉をもらって出てきた。怪我しないように気を付けて、という優しさだと脳内で変換するのは忘れていない。
そんな日々を過ごしているからか、クライスさんの真正面から持ち上げてくれる会話はどうにも慣れなくて照れっぱなしだ。
結局レストランに着くまでの長くない間だけで、俺は耐性のない誉め言葉で溺れそうになっていた。
誉め言葉って、たくさん種類があるんだなぁ……。
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