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魚心あればときめく心 4
「すごいお店ですね」
店に一歩入ってすぐ、なぜクライスさんが俺を、というか人を伴ったのかがわかった。
なによりも一番に目に入ってきたのは水槽。一般家庭で置くようなサイズとは比べ物にならない、壁一面を埋める大きな水槽だった。
大きな岩場とたくさんの熱帯魚が泳ぐそれはとても幻想的で、水族館というよりか海中に入り込んだみたい。
「確かにここは一人では来にくいかも」
「まあデートで来る店だしね」
こちらへどうぞと案内されたのは、水槽の目の前の席。どうやらちゃんとそこの席に予約がされていたみたいだ。
席に着いてそれとなく周りを見回せば、見事にカップルばかり。しかも記念日のデートという感じに、気合の入った服装でいる人が多い。クライスさんがいなかったら、俺は迫力負けして入れなかったかもしれない。
「確かに。周りはそういう感じですね」
「僕もデートのつもりで誘ったんだけど」
「……え、っと?」
さらりととんでもないことを口にして、クライスさんは組んだ手の上に笑顔を乗せて俺を見る。
デートのつもり? 確かに男二人で来るような場所ではないけれど。
いや、冗談か? もっと素早くつっこむところだっただろうか。
「とりあえず乾杯しようか」
戸惑う俺に微笑んで、クライスさんがグラスを持つ。だから俺も慌ててグラスを持った。
クライスさんは運転があるからと水で、俺だけスパークリングワイン。一人で飲むのは申し訳ないけれど、せっかくだから美味しくいただくことにした。
「乾杯」とグラスを上げて一口。口の中で弾ける泡の感覚で、混乱していた頭が少しだけすっきりする。
そして思い出した。待ち合わせの前に買ってきたものを渡さないと。
「あの、これ。この前はありがとうございました。一応洗濯したんですけど、せっかくだからもらってください」
「わざわざ良かったのに。でも嬉しいな。ありがとう」
指を切った時にクライスさんが渡してくれたハンカチ。ちゃんと洗ってアイロンをかけたけれど、やっぱり血がついてしまったものだから新しいものを買ってきた。同じものにしようか迷ったけれど、俺なりにクライスさんに似合いそうなものにした。
とりあえず受け取ってもらえて、その上でお世辞でも喜んでくれたことにほっとしていると、前菜が来るのを待ってからクライスさんがまたにこにこと楽しそうな笑顔になった。
「さて、話題を戻そうか」
「戻すんですか」
「うん。僕は睦月くんとデートしたくて誘ったからね。はっきりと言わなかったのは悪かったけど、休日にディナーに誘うのはそういう意味だと受け取ってほしかったな」
「……すみません、わかってませんでした」
「まあ日本ではそうか」
思わず身を縮める俺を見て、クライスさんは肩をすくめてそんな言い方をした。
すごく普通に喋っているからあまり意識していなかったけれど、金髪碧眼なんだもんな。感覚的には日本とは違う部分があるのかもしれない。それともわからなかった俺が鈍いのか。
ただ、たとえば芦見ちゃんが誘われたらそう思ったかもしれないけれど、まさか俺がそんな立場に置かれるとはこれっぽっちも思っていなかった。
そうか。デート、なのか。
「それじゃあ改めて、睦月くんは付き合っている人いる?」
「付き合ってる人……ですか。いない、です」
「です、けど?」
聞かれて浮かんできたのはヒバリさんの顔だけど、どう考えても違うだろうとすぐにかき消す。
吸血鬼とエサの関係をそう言うのはさすがに無理だ。
ほとんど一方的に貢いでいる形になっているし、一般的に言えばやっぱりヒモに当たるんだろうか。いや、それじゃあ聞こえが悪い。
もう少しいい感じに言い換えたら。
「顔のいい人に貢いでる……推し……?」
「推しというのは、アイドルのファンってこと?」
「まあ……そういうこと、でしょうか?」
疑問に疑問で返すのは良くないことだと思いつつも、はっきりした答えが出せずに窺ってしまう。
実際そうではないけれど、大きな意味合いとしてはそう言ってもいい気がする。
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