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魚心あればときめく心 5
「そうか。睦月くんはイケメンが好きなのか。じゃあ僕はどうかな? 君の好みではない?」
「え? あ、あの、いや、クライスさんをそういう風に見たことなくて」
「じゃあこれからは見てほしいな。僕は睦月くんのことを可愛いと思っているし、これからはもっと他の面も見たいと思っているよ」
いつもの笑顔だけど、気おされて言葉がすぐに出てこない。
すごくぐいぐい来られている気がするけれど、なにがどうなってるんだ。なんでクライスさんにこんなに口説かれているんだ。学生時代だったら罰ゲームかなにかかと思うほどだ。
「あの、クライスさん……」
「いや、ちょっと押しすぎたね。ごめんごめん。今日はここまでにしておくよ」
たじたじの俺を前にして、どうやら手加減をしてくれる気になったらしい。
食べて、と言われてフォークを手に取ったけど、ちゃんと味わえる自信がない。
それでもそれからは料理をメインに思ったよりもゆっくりした時間が過ごせて少しほっとした。
次々と綺麗な魚やサメや亀なんかが泳いでくる水槽のおかげでそこまでぎこちなくならなかったし、水族館が好きという趣味も聞いた。いくつもお店をやっていて、新しく食の方にも展開したくて噂を聞いた大守さんを引き抜こうとうちの店を訪れた話なんて初めて聞いたし、それで盛り上がったおかげで時間が経つのは思ったよりも早かった。
「今日は付き合ってくれてありがとう」
「いえ、こちらこそご馳走になっちゃって……」
「無理に誘ったのは僕だからね。これぐらい払わせてほしいな。でも、本当に送っていかなくていいのかい?」
「はい。満腹なのでちょっと歩こうかと」
クライスさんは車で家まで送ってくれると申し出てくれたけれど断った。だいぶ馴染みはしたけれど、やっぱり二人きりの車内は緊張する。それにもしヒバリさんに見られたら厄介だ。
だからありがとうございました、ここでと頭を下げると、クライスさんは残念そうに笑った。
「そうあ。じゃあ、おやすみ」
「……!」
そして、俺の頬にキス。スマートな仕草すぎて、普通に受け取ってしまった。
やる人がやったらすごくキザな仕草でも、クライスさんはナチュラルすぎて遅れて照れてしまう。
「次はちゃんとデートだと言って誘うよ」
しかもそんな去り際のセリフでダメ押しすることも忘れなかった。
……なんだかすごい時間を過ごしてしまった。
クライスさんとデート。いや、それだけじゃなくあれって告白されたも同然じゃないか。
あんなちゃんと働いているかっこいい人が、どうして俺なんか。
顔だけの人に、しかもこちらから頼み込むような形で付き合ってもらったことしかないから、こんな場合どうしたらいいかわからない。
男が好きで、しかも面食いで、プラトニックな付き合いじゃ物足りなくて、結局いつも「顔だけ」って言われるようなまともじゃない男とばかり付き合ってきたのに。
そんな自分が「普通の恋愛」をする可能性なんて考えたことがなかった。
「クライスさんと、付き合う……?」
なんとも現実離れした言葉だと言うのに、その選択肢がいきなり降ってきた。しかもこれは誰にも相談できない。
本当に、どうしたものか。
その答えは家に帰るまでの道すがらじゃ、到底出るものではなかった。
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