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魚心あればときめく心 6

「ただいま……」  妙に静かな家の中に窺うような声をかけながら帰宅。  返ってくる言葉はなくて、恐る恐る覗き込んだ部屋の中には誰もいなかった。  ヒバリさんの定位置であるソファーにもいないし、ベッドも空っぽ。どうやら外出中のようだ。  これ幸いとばかりに、俺は風呂場へ直行した。  脱いだ服を全部洗濯機に放り込み、そのまま熱いシャワーを頭からかぶる。  この前クライスさんのコロンをよく思っていなかったみたいだし、その匂いが帰ってきた俺からしたらヒバリさんが変な誤解をするかもしれない。 「……いや、別にしないか」  必死にシャンプーを泡立てて髪を洗っていたけど、突然冷静になった。  気にしているのは俺だけで、ヒバリさんはそんなことは気にしないか。この前だっていつもと違う匂いがしたから指摘しただけで、それがどうとかは言っていなかった。  考えたら落ち込んできて、せっかくだからちゃんと温まってリラックスしようと体を洗っている間に湯船にお湯を張ることにした。と言っても洗うのなんてすぐ終わってしまうから、まだ溜まり切っていない湯船の中に入ってシャワーもプラスしてお湯を足す。  足を抱え、お湯が溜まっていくのをじっと見つめた。  じゃばじゃばと波立つお湯が魚が泳ぐ水槽を連想させて、否が応でもレストランでの会話を思い出させる。考えないようにしても頭の中はそれでいっぱいだ。 「俺が、クライスさんと付き合う……」  だからシャワーの音に紛れて呟いてみる。やっぱり現実離れした言葉だ。  釣り合わないにも程があるし、突然すぎて想像してみることもできない。  だけどもしかしたら、このままヒバリさんに血もお金も貢ぎ続けるよりも「普通」の未来なんじゃないだろうか。  好かれて、求められて、好きなときに抱き合って、そういう普通のお付き合いみたいなものを、俺だって望んだら叶えてもらえるのかもしれない。  そうしたら幸せになれるのかもしれない。けど。 「幸せってなんだろうなぁ」  今だって幸せだと思うけど、それはきっとヒバリさん次第で簡単に終わるもので、そもそもヒバリさんはそんなもの望んでなくて。  気持ち良くしてくれるのは吸血の副産物に過ぎなくて、だからヒバリさんはその先なんか望んでなくて、付き合うとかそういう次元の話ではなくて……とつらつら考え続けていたせいだろうか。  気づかぬうちにしていた緊張がほどけたらしく、俺はいつの間にか膝を抱えた体勢のまま眠ってしまった、ようだ。

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